短編3 反駁 でも、と彼女は眉を下げた。 でも。反駁の言葉。 僕はそれを赦さなかった。 彼女は裏切り者だ。 僕たちを裏切った。 裏切って、逃げて、隠れて、最後には敵に味方した。 だから。 僕は彼女を探して探して、見つけ出したのだ。 これは復讐。 これは制裁。 地の果てまで追いかけて、草の根をかき分けてでも探し出して。 どこの組織にでもあるそんな律にのっとって、僕は彼女を探し出した。 そして、見つけ出された彼女の行く先はひとつ。 裏切り者には、確実なる死を。 彼女に裏切りの結末を与えるために、僕は刃を握る。 「裏切り者――、組織よりお前に制裁の決が下った。お前は組織を裏切った罪人だ、その罪は購わねばならない」 「我が組織の名において、その命の回収を開始する」 その時の彼女の表情は、どんなものだっただろうか。 僕にはもう、思い出すことはできない。 ただ。 幾らか打ち合った後の、彼女の最期だけが忘れられない。 彼女の、最期の言葉だけが。 彼女は、死を覚悟したのだろう。 或いは、負けを。 下唇を噛み締めて、その唇を動かす。でも――、と。 しかし、僕はその先を聞くつもりはなかった。 なぜなら、彼女は裏切り者だから。 裏切った者にかける情けなど、ありはしない。 組織の全てを危険においやる、裏切り者は裏切り者らしく無惨に死を曝せばそれだけで良いのだ。 だから僕は躊躇などするはずもなく、そのまま刃は振り下ろされる。 彼女の声は、僕が彼女の命を刈り取るよりも早く耳に届いた。 早かったけれど、届いたけれど、彼女の声を聞いてその意味わ理解し、手を止める指示を脳が発し腕がその信号を実行する――そこまでの行動は、はるかに遅かった。 本当に、届いただけ。 曰く。 「先に裏切ったのは、そっちなのに!」 僕がその言葉の意味を知るのは、ずっと先のこと。 --- うそつきうそつき、うそつき! うそつきはきらい、だいきらい。 ねえ、どうしてそんなうそをついたの? わたしのねがいは、ひとつだけなのに。 たったひとつのねがいを、かなえてくれるとやくそくしたでしょう? やくそくは、まもるもの。 そんなにむずかしいやくそくでもなかった。 なのに。 どうしてきみは、そのやくそくをやぶったのかな? ――うそつき。 *前次# |