[携帯モード] [URL送信]

短編3
囚われる



「馬鹿なことをしたね、君」



 彼女はその両腕で、優しく僕を包み込んだ。
 その声も穏やかで、慈愛に満ちるよう。

 けれど。

 僕の視線の先にある彼女の顔は。
 にっこりと、笑んでいた。

 笑みの中に潜む瞳は、その優しさとは裏腹に酷く凍えている。
 唇だけを歪ませたその笑み。
 絡み付く、二本の細腕。その先の五指。

 暖かい、彼女の体温。

 嗚呼。
 囚われてゆく。
 彼女の、その存在に。

 一度は切り離した、彼女という存在に。
 僕は、再び囚われてゆく。

 壊したはずの檻は、見事に僕の中で修復されて。
 以前より強固に根を張り、その檻の中に囚われる。

 けれど、一度壊したものは正しく再生されはしない。

 僕は、覚悟した。
 檻を壊した僕を、彼女は永遠に許すことはないだろう。

 どんなに優しい声で僕を呼んでも、
 どんなに優しく僕に触れても、
 どんなに優しさに満ちた言葉を僕に掛けても、

 彼女は心の奥底で、僕を永遠に恨み続けるのだ。

 もう二度と、僕と彼女の関係が修復されることはない。
 表面上はどれだけ修復されようと、正しく修復はされないのだ。

 優しい彼女の声音が、僕の耳朶を叩く。
 僕は檻の中で目を瞑り、心地よい檻の中で微睡んだ。

 許されなくても構わない。
 囚われた僕は、彼女から二度と離れることはないだろう。



「君、知らなかった? わたしはわたしの日常を壊す者を、決して許しはしないのだよ」

*前次#

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!