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短編3
ひきつれるもの







 唱和する、声が聞こえる。





 清らかにのびる声が緩やかに、楽し気に唄う。
 そのすぐ後に、若干の強弱と、音程と、質の違う声がいくつも重なり合って響いていた。
 それが耳障りなようで絶妙に心地良く、微睡みを誘うように意識の下に滑り込んでくる。
 数の判別もできぬそれらの唯一の共通項は、若い――或いは幼いと表現してもよいほどの――声音だということだった。


 特に先に走る声は明瞭で、後に続く声々もそれほどまでに乱れているわけでもない。
 けれどもどうしてかその意味を理解することが難しく、何を言っているのかわかるはずであるのに、聞き取ることが出来なかった。
 唱和の不可思議なちからによって、その意味は脳髄の襞に刻まれるよりも先に頭蓋の外へと流れ出てしまう。
 流れ出てしまった意味を拾い集めることなど到底出来ることなく、手を伸ばしても指の間をすり抜けるだけで、一息を吐く間に見る影も無いほどに掻き消えてしまうのだ。


 嗚呼、これを捕まえることなぞ出来るわけもない。
 私はそうして、唱和の意を捕らえることを放棄し、唱和の音にのみ意識を傾けた。
 すると、捕まえようと躍起になっていた時はすべて抜け出てしまっていたにもかかわらず、その意を追わぬと決めたからなのか、私はその音に何やら覚えを感じた。
 唱和の響きが、深い記憶を刺激する。
 その調べは以前聞いたことのあるような、なにやら懐かく、どこか薄ら寒いような……。





 気付かぬうちにその音は唇から漏れて唱和に乗って、いつしか私が唱和を率いているような錯覚に襲われた。
 私は知らぬ間に、唱和を率いる声と共に唄っていたのだ。
 それに気づいた途端、唇から淀みなく漏れていた声が喉の奥に引っかかる。
 けれど言葉は私の唇をつき、唄は続いた。


 そんな戸惑いの中、私の背をそっと掴むように、後ろからひかれた気がした。
 低い位置で、羽のように軽いちから。

 私はその時、うなじが見えるほどの短い髪を見た気がした。
 鮮やかな衣を見た気がした。
 ちいさな掌を見た気がした。

 そこに、子供などいるはずもないというのに。
 このような場所に来る子供なんて、いるはずがないというのに。


 いつの間にか数多の声を率いていたのは、私の唄だった。
 私ひとりの唄が、重なり合う声音を導いている。





 それを、笑う声が聴こえた気がした。
「ねぇ、代わって?」
 口ずさんだのは、懐かしくもおそろしい童歌。

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