短編3 カガミアワセ 私たちは、鏡を見ている。 鏡。 姿見。 写すもの。 私が右手を上げれば、彼女は左手を上げて。 私が笑えば、彼女も笑い。 私が泣けば、彼女も泣く。 手を差し出せば、彼女も手を差し伸べて――けれど決して触れ合うことのできない、向こうの世界の彼女。 私たちは、鏡を見ている。 私たちは、“現実”を通り越して、“向こう側”を見ているのだ。 重なって、反転して、けれど決して触れ合うことのできない世界。 彼女は、笑っている。 だから私も、笑っているのだろう…… 私たちは、鏡を見て。 “現実”を見ることはない。 けれど“向こう”の世界を見る私たちは、何の不自由もしていない。 そこに右手を掲げる子供を見れば、そこには左手を掲げる子供がいるのだから。 笑う女を見れば、“現実”にも笑う女がそこにいる。 泣く男を見れば、泣く男が。 だから決して、不自由はしていない。 触れることの出来ない世界を見る“目”を、恨めしく思うだけで。 “向こう”に生きる彼女を、妬ましく思うだけで。 私たちの目に映ることのない“現実”を、虚しく思うだけで。 ただ、それだけで。 私たちは、鏡を見ている。 持って生まれる“目”を取り違えてしまったから。 *前次# |