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プリンセス・ジャック



 挨拶もほどほどに、彼らは謁見室を後にした。
 この後は晩餐会が予定されている。晩餐会と言っても豪華絢爛なものではない。両国の王族のみのささやかなものだ。

 食堂へと歩みを進めている途中のことだった。
 曲がり角の陰から赤い影が踊り出た。
 マーヤだ。
 彼女は邪魔にならないように通路の端に立って、エヴァリーヌ王女に一礼した。
「……お久しぶりぶりでございます、エヴァリーヌ王女」
 普段の態度からは想像できない、礼儀正しい言葉遣いと動作だった。声色からマーヤも少し緊張しているのがわかる。
 ――知り合いなのか?
 ジュリアは予期せぬ友人の行動を横目で窺う。
 その場にいた、他の者も不意の彼女の登場と挨拶に足を止めようとした。
 だが、当のエヴァリーヌ王女はマーヤの言葉など、聞こえないかのように、前を見たままなのだ。もちろん距離から考えれば、気付いていない筈などない。
 不審に思いエヴァリーヌの表情を見てみると、作ったかのような完全な無表情だった。だが、ただその黒い瞳だけが一瞬マーヤのほうを向いた気がした。
 ジュリアは訳が解らない。内心首をかしげながら、またマーヤを見ていた。
 少し落ち込んだような表情のマーヤは次にエヴァリーヌについて来ていた騎士のほうに身を向けた。
 ジュリアやマーヤとそう歳がかわらないであろう、金髪の騎士だった。
「シャムリーさんも、お久しぶりです」
 また頭を下げるマーヤにシャムリーと呼ばれた騎士は軽く会釈する。
 ジュリアのほうから彼の表情は見えなかったが、マーヤの表情はしっかり見えた。

 安心したような笑顔だった。
 ジュリアは彼とマーヤに何があったかも知らない。にもかかわらず――あるいはそれ故に、胸の奥がムカムカするような、そんな感覚に捕われた。
 その感覚が何か、彼は自覚していなかったが。

「退きなさい、シャムリー」
 マーヤが出てきてから、何も言わなかったエヴァリーヌが唐突にそう言った。彼には背を向けたまま、エヴァリーヌは続ける。
「晩餐会の席に貴方がいては失礼だわ」
「そんなことは気になさらなくて結構ですよ。異郷の地で、信頼する騎士が側を離れれば不安でしょう」
 ジュリアの母、レイリンは気を使ったが、エヴァリーヌは、
「いいえ。彼は無能な人間です。居ようが居まいが変わりはありません」
 冷たく言う。
 シャムリーは屈辱の表情どころか気落ちした様子もなく、頭を下げた。そして踵を返す。
「わ、わたしも失礼します!」
 マーヤも慌ててい頭を下げる。そして、そのままシャムリーの背を追いかけた。
 なぜだか、ジュリアはそんな様子から目が離せず――母に腕を突かれ、急いでまた歩き始めたのだった。


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