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プリンセス・ジャック

「よぉ。今日も可愛いな! うん、本当に可愛い」
 軽い調子でいうビッキー。
 いつものミルシーなら、言葉遣いと行動を注意するか、有無を言わさず殴るのだが――今日ばかりはビッキーの話が気になった。
「エヴァリーヌ王女……どんな方ですの?」
 長らく城外で生活していたため、こういう話には疎いらしい。
「グリーデント王国の南西に位置する隣国――グレイ・ケイシュの第一王女だよ。歳は十八だったかな……。容姿は麗しく、頭脳明晰。グレイ・ケイシュ国内ではなかなか人気があるみたいだな」
 ……そんな方がお兄さまに……!
 ジュリアは客人として迎い入れるだけなのだが、ミルシーの脳裏には様々な不安がよぎる。
「エヴァリーヌ王女は独身ですの……?」
「ああ。第一王女で王位に最も近いって言われてるぐらいだからな。婚姻も簡単には決められないんだろうよ」
 ……ま、まさかジュリアお兄様と婚約を……!
 ミルシーはこの世の終わりだというような顔だ。
 そんな表情から、クロードは彼女の思いを読み取った。
「ジュリアさんのことは『王女』っていう認識だと思うけど」
 彼の言う通りだ。ジュリアのことは城内でも一部の者しか知らないこと。当然、他国は知るはずも無ければ、知られる訳にもいかない。
 更に言えば、ミルシーの本当の身の上についても同様である。今日ミルシーが必要以上に部屋を出ないよう言われていたのは、他国に彼女のことを知られないようにするため。
 『王妃の親戚』という偽りの身分を、万が一他国に怪しまれたら厄介だからである。
「そう、ですわね……」
 胸をなでおろしたミルシーは、自分の手をみた。
 話に動揺していたため気付かなかったが――ミルシーの手は、嬉しそうに笑うビッキーにしっかり握られている。
 気付いた瞬間、ミルシーの動きは完全に止まった。そして――。
「ありがとうございますわ、ビッキー。ぜひお礼がしたいですわ。目を閉じて下さいませ」
 おそろしく平坦な調子でそう言う。
「そんな、ミルシー……! 大胆な……」
 一方のビッキーはそうはいいながらも、目尻が下がった目を閉じた。
 笑顔――といっても目は笑っていない――を浮かべたミルシーは、なんの躊躇いもなく、両開きの窓を閉める。

 窓に挟まったビッキーがその後どうなったかは――語るまでもない。

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