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プリンセス・ジャック

 グレイ・ケイシュ王国、王城。
 その一室で密談が執り行われていた。
 椅子に腰掛ける、白髪混じりの初老の男はこの国を統べる王。
 対するのはグリーデント王国第一王子、ロエル・グリーデントだった。そして、彼の側には使用人服の少女、エミリアが控えている。
「ロエル王子、例の件なら先日言った通りです。どうか、寛大な処置を――」
「……陛下は何か勘違いなさっているようです」
 ロエルは静かに声を放った。
「今回の事件は両国の関係を揺るがすもの」
「ですが、グリーデント王国側の被害は少なかった! 見逃す代償として、エヴァリーヌの命だけでは足りぬということはないでしょう!」
 彼の拳が、机を震わせた。だが、ロエルはいたって冷静だ。
「だから、勘違いなさっていると言ったのです。グリーデント王国は彼女の命など求めていない。我々にとってなんの利益もありません。
 事件が公になっていない今、彼女の死を望む者はいないのです。
 我々が望むのは――グレイ・ケイシュ王、あなたの退位です」
 グレイ・ケイシュの王は目を見張った。
「な、なにをおっしゃって……」
 彼は戸惑いから、声を震わせていた。
 ロエルはやはり淡泊な調子で続けた。
「喜ばれてはどうです? 自分の地位一つで、娘の命を救うことが出来るのです。
 グレイ・ケイシュの人々も、強く反対はしないでしょう。貴殿より貴殿のご子息のほうが王に相応しい、と考える者も少なからずいると聞きます」
 悔しいそうに睨みつける彼に、ロエルは追い撃ちをかける。
「もしもこちらの要求をのんで頂けなければどうなるかは、お分かりですね?
 この度のことが国中……いや、大陸中に知れ渡るでしょう。もちろん、『真実』を明かにした上で。結果、戦争も避けられないかもしれません」
「くっ……」
 唇を噛むことしか出来ない。
 そんな彼を見て、ロエルは自分の役割は終わったのだと思った。
「……では私はここで失礼します」
 席を立ち、頭を下げる。

「……待て」
 低い声でそう言ったかと思うと、グレイ・ケイシュ王はいきなり剣を抜いた。
 ロエルを襲う白刃。
 ロエルは動かなかった。

 動いたのは、使用人服の少女――
 エミリアの手が、剣を掴んだ。
 彼女の指には血は流れていない。刃のついていない部分を掴んだのだ。驚くべき目と反射神経だ。

 目の前で起きたことが理解出来ず立ちすくむ彼に、ロエルは言った。
「それでは、お元気で……」

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