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医者と姫と暗殺者
-養生しても意味がない-(カティアイ)


そのの平穏な日々は、一人の医者の功績だったような、そうでもなかったような・・そんな日だった。

暗殺者に胃をずたぼろにされそうになりつつ、半ば虚ろな目で、シャークは、病院の外に視線を向けた。

「・・・お・・姫さん・・」
「え?」

そこには、病院に向かってくる人影。
それはシャークにとっての天の助け。この国のプリンセスであるアイリーンだった。
満身創痍な空気バリバリのシャークのつぶやきに、カーティスの顔がぱぁぁっと輝いた。

「アイリーン!」

べたっと窓に張り付く様からは、さっきまで不穏なことばかり言っていた危険物のようには見えない。
そんなカーティスと、窓の外のアイリーンを眺めながら、やっと平和が戻ったと、胸をなでおろしたのもつかの間・・
その瞬間、背筋に悪寒が走った。

「・・・」
「ど、どうした?」
「・・・誰です・・・あれ・・・」

ものすごい殺気に、隙を見せれば殺られると、頭の中で警鐘がなる。
窓の外を見れば、入り口に到達する前にアイリーンは誰かと話している。
それは奇しくも・・

「め・・メイズ・・・」

滝のような汗がどっとあふれる。

「メイズ・・確か、貴方の弟さん、でしたよね?」

さっきからずっと何かしらの危機に直面しかけていたが、今度こそ危ない。
自分の命もだが、それ以上に、自分の弟の命が危ない。

「か、カーティス。落ち着け」
「・・・選んでください。邪魔をして僕と殺り合いますか?それとも、あの少年を見殺しにしますか?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

無言のまま、睨み合う。
メイズをむざむざ殺されるわけには行かないが、勝算のない賭け程ばかばかしいものもない。
けれど、殺気垂れ流しのカーティスを、止める術など、持ち合わせてもいないのだ。
なだめる言葉も・・どうしたものか・・


「何してるのよ。あんたたち」

どれほどの時間が経ったか分からないが、呆れたような響きをかもした声が、部屋に響いた。

「姫さん・・」
「アイリーン」

ほっと一息つくシャークとは対照的に、むすっとするカーティス。

「そんな顔して、また拗ねてるの?」
「またじゃありません。」
「そうだよな。『まだ、拗ねてる』の、間違いだよな。」
「拗ねてません!」
「あぁ、はいはい。わかったから、帰るわよ。」

無造作に差し出された手に、カーティスはチラリと視線をやっただけで、動こうとはしない。

「迎えが来たんだ。帰れよ」
「あの少年を殺るまでは帰りません。」
「あの少年?」
「・・メイズだよ。さっきそこで話してただろ。」
「あぁ、見てたの。よく話すのよ。」
「・・・;」

いつの間に?と、思ったが、シャークは口にしない。
そんな事話題にしたら、今にもこの男が飛んでいきかねないのだから。

「だから、何でそこで更に拗ねるのかしら?カーティス」

ため息混じりに声につられて、シャークもカーティスを見た。
唇を尖らせ、まさに、『拗ねてます』と言う顔をしている。
最近よく、愚痴を何故かこぼしに来る姿に驚きまくっていたのだが、この顔にはもう・・愕然とするしかなくなる。
拗ねている・・・
確実に拗ねている。
しかも、どこぞの子供と大差ない。

「拗ねてません。」

重ねた言葉がこれほどまでに説得力がないとは・・。
普段のカーティスからは考えられない。

「嫉妬したの?」
「してません。」
「そうなの?」
「そうです。」
「ふ〜ん・・・」

すっと半眼になって、アイリーンはカーティスを見据えたと思ったら、にっこりと笑顔を作った。

「じゃあ、今ここで、シャークにキスしても気にしないのよね?」

飛び出してきた言葉に、シャークのほうが焦った顔をした。
垂れ流されている殺気が、更に増す。
しかも、自分の方に元気よく向かってくる。
勘弁してくれよ、姫さん〜と、思いつつ、その殺気に耐えるしかない今の状況・・。
病院内が不穏な空気でざわついているのがいやでも分かる。

「シャークさんが好きなんですか?」
「さぁ、どうでしょう」

ギリギリと歯軋りでも聞こえてきそうだ。
何で自分がこんな目に・・シャークの胃がきりきりして来た。
普段のストレスなど、全く無きに等しいのに、こんなところでストレスを感じるなどとは・・過去の自分は考えたこともないだろう。

「そんな顔するくらいなら・・ちゃんと言えばいいじゃない。」
「何をです。」
「嫉妬してるって。」
「言いません。」
「言ってくれないの?」
「・・言ってほしいんですか?」
「そうよ。だって、それも私を好きって言ってくれてるのと同じ事だもの。」

いい笑顔をしている。
それは奇しくも、彼女の母である王妃によく似た、反撃を許さない王者の笑顔。

「好きな人に嫉妬されるのは、いやじゃないわね。むしろ、ちょっと嬉しいわ。」

すばらし惚気だ。
ここで一気に追い落とすかのように、未来の女王陛下はそっとカーティスに近づき、言葉を重ねる。

「ね、言ってくれないと、もっと嫉妬させたくなるわ。貴方が、私を好きなんだって安心したくなるの。だって、私だけ好きだって思ってるなんて不公平だもの。」

なんという俺様発言。いや、彼女の場合は、女王様発言?
聞いているシャークにとっては、他人の睦言。
殺気は薄れたが、その分別の意味で辛い。
人の職場でやめてほしいものだ。

「僕のこと・・」
「えぇ、好きよ。誰よりも。」
「本当に?」
「じゃなきゃ、迎えに来ないわね。」

きゅっとアイリーンの袖をカーティスは無意識につかんだ。
相当嬉しいらしく、顔が輝いている。

「一緒に、帰るわよね?」
「はい」

今度は元気よく返事をした。
その光景に、今までこんなのと一緒に居るプリンセスは苦労しているだろうと思っていたシャークだったが、心底、その考えを改めることにした。
プリンセスにとって、カーティスと一緒に居ることは、苦でもなんでもない事なのだと。
むしろ、このカーティスを手玉に取る彼女こそ、一番のツワモノなのだと。

「お騒がせしてごめんなさいね」

と、一言言い置き、プリンセスとその愛人は去っていった。
まるで嵐のように。
いや、嵐の方がましだった。
とりあえず、胃痛を残して、平和は戻る。

今日も、ギルカタールはある程度平和だった。
医者一人分の寿命を縮めたくらいで、暗殺も、大量虐殺も、起こることもなく。
ギルカタール一の腕を持った医者が、一時的に暗殺者に占領されて仕事が滞ったくらいで、一応は穏やかな日々。

ずたぼろになった胃は、別に自分がこんなに痛まなくたって、あのお姫様がいれば、最初から何の問題もなかったのではという現実の前に、半ば、崩れそうになっている。
そんな医者を病院に残し、王宮では今日も、プリンセスと恋人が、仲睦まじく過ごしている。



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あきゅろす。
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