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atonality 19

駆けていく。
追いかける。
どこかへ向かう。
何処までも行けるはずもなく。

お姫様は何も知らない。
彼女の王子様は
さて、誰がなるだろう。




  Atonality
     狂恋歌




いつもよりも白い顔。
その硬く閉じられた唇は開かれる事はない。
まあ、平和のためには、開かれないのが一番だ。
開かれた瞬間、何がおきるか分かりはしない。
なぜなら・・
その相手は現在、絶賛乗り物酔い中だからだ。
現在、アイリーンとスチュアートが乗っているのは馬車だった。
ただ、馬車とは言っても、荷馬車である。
人が乗るにはどうしても乗り心地は最悪なもの。
しかも、猛烈なスピードで駆け抜けている。

「・・・・相変わらず・・ね・・・」

変なところでかっこ悪いのだ。この幼馴染は

「・・・・ぅ・・・うるさ・・・ゥップ・・」
「口開かないでよ。・・・私が悪かったわ。」

口を押さえながら睨んでくるスチュアートの肩を小さくポムポムとたたき、心底謝る。
こんな所で大惨事はごめんだ。

「早く着くといいわね。」
アイリーンが小さく呟くと、しばしの間の後、スチュアートは頷き返した。
そのほんの少しの間が、アイリーンは気になったが、特にかける言葉も思いつかず、黙った。
そうしてしばらくお互い黙ったまま馬車に揺られて、気が付けば、アイリーンはすっかり眠ってしまっていた。
ガタガタと荒っぽくゆれる中、相変わらずの図太さだと、スチュアートはその寝顔を眺めた。
その図太さが今は、ありがたかった。

このまましばらく眠らせておけば安心である。

スチュアートには、心に決めた事がある。

今、あの国には戻さない。
どこにも行かせはしないし、誰の手にも触れさせない。

「お前は、何も見なくていい。何も見ずに、何も知らずに、何も聞かずに、何物にも触れさせない。」

深く強い決意。
静かなる炎を纏って、スチュアートはその横顔に誓いを立てる。
眠るその人は、その胸の内を知らぬまま。
目的地よりもずっと手前の街の外れ。
馬車は徐に動きを止めた。
スチュアートは眠る少女を腕に抱いて、静かに馬車からとある建物へと入っていった。
そこにあるのは広い屋敷。

少女を入れるのは、窓すら塗りこめた暗い暗い・・





男はイライラしていた。
もうこそこそする必要も、部下をぞろぞろ連れる必要もないから、街道を堂々とひた走る。
せっかく罠を仕掛けて、連れ出して。
なのに掻っ攫われたお姫様。
その姿を追いかけたのに、何故かまた逆戻りをさせられて。
何でこんな遠回りを・・と、馬上でなければ、一時間に5回くらいは軽く舌打ちをしていただろう。

別の男はげんなりしていた。
自分で望んだ事とはいえ、協力をした相手に振り回され、しかも、今、相手は不機嫌ときている。
しかも、これは約束しいていた協力とは別・・
とは、言い出せないけど。
だがしかし、こんな遠回りをさせられるとは思っていなかった。
目の前でいなくなって、追いかけて、気がついたら別のやつがまた連れ出したらしい・・。
さすがはあのお姫様だった。

「何でこんなにころころと行き先が変わるんです。」

馬上でイライラと赤い髪の男が言う。
それは半ば独り言。

「しょうがねぇだろ。あの二人組み、どういうわけか、陸路じゃ直接いけれないはずの街に居たんだから。」

もう一人、赤い服の男が、その独り言に律儀にも返事をしてやる。
そうしないとたまに八つ当たりをされるからであって、優しさなどでは決してない。
この連れは・・稀代の暗殺者で、他人のことなど気遣ったりしない男。
そして、とても悪い事に、結構な頻度で、暇つぶし程度の気軽な気持ちで、こちらが死にそうな手を繰り出してくるのだ。
そう、返事は半ば、強制のようなもの。
正直、彼としては・・そんな問いに、特にマシな返答もないから、何も言いたくない。と言うのが本音だったりするけれど、そんな事、連れの相手の頭の中ではまったくもって関係なく、どうでもいいこと。
そんなのは、まぁ、いつも通りだったりするが・・。
返答がそれなりに面白みもなかったので、結局イライラが軽減される事はないわけだが、もしかしたら、しないよりはマシな可能性はある。
ただ、会話が成立する事で、不意に言葉が浮かびあがった。

「と言うか・・」
「あん?」
「何で今更、あの二人組みが出張るんです?」
「俺が知るか」
「・・シャークさん、もっと頭使ってくださいよ。僕、他人の動きを読むのはいくらでもできますが、心の機微ってやつとは無関係なんですよ。」
「また無茶な・・」

堂々と言われたそれらの後半を、赤い服の男・・シャークは軽やかに無視しつつも、結局前半の物言いに、げんなりせざるを得なかった。
無茶を言う。
他人の考え・・。
そりゃ、連れのその男よりは読めるだろう。
たいていの人間はそうだろう。
けれど、はっきり言って、それほど深くかかわらない相手の、思考回路などわかるはずもない。

「無茶でも何でも、やってください。」
「とりあえず、無理だ。」

断言した。
そうでもしなくば食い下がるのがその相手だ。
何度となく商売相手として対面してきて学んだ事の一つ。
暗殺者カーティスは、とてもねちっこい。
しつこいとか、その程度ではないのだ。ねちっこいのだ。
陰湿な上、粘着質。
一度くっついたら粗方引き剥がしたと思っても、何かかけらを残していて、ふとした瞬間、それをぶり返させ、衝撃を与える。
あぁ・・なんでこんなのと今一緒にいるのか・・。
半ば投げやりな気持ちのまま、ひた走るしかない。
目的地まではまだ少々距離がある。
道中を思って、シャークはため息をついた。
後どれくらいあるかわからないこの道行きの先でも、何度となく変な提言が出てきては、自分の色々な気力とかそういう何かをそがれるのだろう。
赤い色の際立つ二人組みの行く末は、片方の胃の行く末よりは不安がなさそうである。





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