atonality 18 馬鹿騒ぎは突然始まり その騒ぎは突然収束し また一つ 違う思惑が跳ね上がる 連続していくアラベスク 連ね連なり果てはなく・・ Atonality 狂恋歌 別れ際、そぐそこにある、胡散臭いくらいに明るい笑顔を、アイリーンは凝視した。 私なんかよりずっと、ギルカタールの人間っぽいわよね。 そんな風に、ずっと思ってきたその人。 自分なんかよりずっと、冷たくて、深い、闇を抱えていると思う・・マイセン。 そんな風にアイリーンが思うのと同じことを、マイセンが自分に向けて思ってるとは、アイリーンは知らない。 そういったことも、それ以外のことも、全然知らないまま、今に至るお互いの関係。 そして、そんな関係のまま、何故か唐突にも一緒に行動する事になり、短い時間で、また、唐突にそれの終わりが訪れた。 その終わりは、明るい声で、一気に幕を下ろされた。 「じゃ、気をつけてな〜。」 無邪気で快活な笑み。 それを瞬間浮かべ、ひらひらと手を振るのは、胡散臭い魔法使い。 それほど文句も言わず、彼はプリンセスの手を離した。 その素直さが、余計に怖いと、アイリーンは思いつつも、それでも笑みを返して、宿を後にする。 後に残ったマイセンは、同じ笑みを浮かべたまま、喉を鳴らし笑う。 「お姫様って大変だよな〜。」 律儀なお姫様。 ギルカタールそのもののような魂を持っているくせに、何でこんなにも自分と違うのか。 それこそ、妄執のなせる業か。 「あんまり眩しいとさ・・わざと堕としたくなっちまうよな。なぁ、ミハ」 「そうだね。せっかく心地いいくらいの魂を持ってるのに、あれじゃあ、ちょっと物足りないよね。」 すっと、ミハエルがどこからともなく現れた。 実はずっと同じ店の中にいたが、その気配を、誰も察する事などできなかった。 「真っ暗な闇・・・ずっと深いあれは・・・さ、覆い隠しても、無駄だよな。」 マイセンが楽しげに笑う隣で、ミハエルもまた、うっとりした様な恍惚とした笑みを浮かべる。 それが恋だというのなら。 想いというのは何と、危険なものなのだろう。 ギルカタールのお姫様。 律儀で、面白くて、変わってて、でも、やっぱりどんなでも、王族は王族。 自由と、国とをその天秤にかけられれば、絶対に国を選んでしまう。 「国を選ぶのはいいけれど・・周りが全部、自分と同じとは限らないんだぜ?プリンセスアイリーン・・」 彼女の選択は、自分の自由を犠牲に。 では、あの男は、どれを犠牲に選んだのだろう・・? 「まさかそんな・・」 めがね越しの瞳を見開き、その男は呟いた。 ぬるま湯のような優しい時間に、自分も何か、毒されていたのかもしれない。 そう、それはあまり警戒せずともかまわないだろうと、心のどこかで思っていた。 あの二人の事だから・・と。 それは、かつての教え子が、心のどこかで抱いていたものだったはずだ。 どうして自分までもが、そう、心のほんの隅っこであったとしても、思ってしまっていたのか。 今更になって、忌々しい思いが溢れてくる。 「これでは、間に合わないですね。」 ライルは簡単に何かを綴り、厳重に封をすると、部下にそっと指示を出した。 協力者はきっと、先を越される。 出遅れた事を、今更になって後悔したって、もう、どうにもなりはしない。 「まぁ、とっとと奪い返してさえくれれば、何も文句はありませんが・・」 苦々しい思いを、別の何かに摩り替えて。 奪い返して来れなかったら、ありとあらゆる嫌がらせをしてやろうと、考えをめぐらせた。 カジノの税金から書籍の税金、後は、色々な取り決めなどなど。 ロベルトが嫌がる事なら、ありとあらゆる手を使ってでも、実行してあげましょう。 と、不吉な考えを浮かべて笑う。 どう考えても八つ当たりだが・・。 誰も突っ込む者の居ない室内だ。 もしもの時は、きっと実行してしまうだろうが・・。 その頃には恐らく、隣にロベルトもいるだろう。 実行前に必死で止める姿が目に浮かぶようだ。 ガタガタと馬車に揺られながら、アイリーンはそっと、隣の顔を覗き込む。 青白い顔。 真一文字に引き結ばれた唇は、開かれる事はない。 そして小さく小さく、吐息を・・ 旅路はまだ長い。 [*前へ][次へ#] [戻る] |