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明けなき世界(カティアイ)

夜の闇に浮かび上がるのは、赤い髪と、読めない笑顔。
最近では見ることが無くなったその表情で、何で私を見るのだろう・・?

「ひ、久しぶり」

状況に追いつけない頭の中は、とにかくぐらぐらしっぱなし。
戸惑っているというよりは、引きつったような挨拶しかできないまま、その姿を見ているしかできない。

「お元気そうで何よりです。プリンセス」
「カーティスも、元気そうね。」
「はい、おかげさまで。」

焚き火に不用意に近づきすぎず、かといって、森の闇に溶け込まない位の距離で、カーティスはさらに深い笑みを浮かべる。
チェイカの殺気が痛いくらいに伝わってくる中、カーティスはただ静かにそこにいる。
どうして?
と、聞くには、その空気は不穏で。
何だか嫌な予感がしてならない。

「・・・・」

でも、他に言葉を捜そうにも、何も繋がらなくて、黙ってしまう。

「さて、聡いプリンセスならば、僕の用件は分かっていると思うのですが・・。」
「やっぱり、そういう事?」
「すみません。これも仕事なので。」

決定的な一言を言わなくとも、そんな気はしていたから、すぐに言わんとする事を理解する。
多分、いや、きっと、そうなのだと。
王宮からの迎え。
連れ戻しに、来るのが、何で彼なのだろう。

「ご主人様・・・」
「だめ、チェイカ」

押し殺すような切羽詰ったチェイカの声で、彼女が仕掛けようとしているのを、アイリーンは察知する。
首を振って、その腕を掴み、その動きを押し留めた。

「見逃してなんて、もらえないんでしょ?」
「僕にその気が無いので。諦めてください。」

ここで不用意に抗っても、カーティス相手では意味が無い。
2対1であろうとも、勝てるはずがないほど、格が違いすぎる。
剣を握り締めていた手の力を緩め、降参の意を表す。

「良かった。抵抗されたらどうしようかと思ったんですよ。」

カーティスは、よく一緒にいた頃に見せてくれていた笑顔をふわりと浮かべた。
仕方が無いと、思った瞬間、じわりと涙が出そうになった。
何故、カーティスなんだろう。
そうじゃなければ、みっともないくらいに暴れて、抗って、全力で抵抗することができたのに。

「とりあえず、迎えを呼ばなくてはいけませんね・・」

一言、カーティスが呟き、その夜はそのまま野宿となった。
次の日、近くの町まで移動し、迎えを待つ。
取った宿の部屋でぼんやりしながら、アイリーンは、ただ、外を見ていた。
何かを考えると、涙が出そうになるし。
涙が出そうになってると、何故か、カーティスは、凄く不機嫌な顔をするし。
そんなアイリーンの隣の部屋では、チェイカと、不機嫌なカーティスが顔を突き合わせていた。

「プリンセスの捜索なんて、稀代の暗殺者様も、安い仕事をするようになりましたわね。」
「おかげさまで、なかなかいい値でお仕事させていただいてますよ。」

ふふふと、互いに笑いを漏らしつつ、殺伐とした空気が流れる。

「それで、ご主人様が望まないと知っていても、連れ戻しに来るなんて、本当に人でなしですこと。」
「人でなしで結構ですよ。」

睨みつけるチェイカなど、怖くも無い。
カーティスはいつも通りの笑みをたたえて、チェイカを見やる。

「貴女が、連れ出しさえしなければ・・こんな風に追いかける必要も無かったんですから。」

その目が一瞬鋭くなる。
あの日、夕日の中、プリンセスは何も告げずに、自分の手の中から去ってしまった。

「どうせ、そちらがご主人様を連れ出していたのでしょうね。」

それが苦しくて、どうしようもない何かが渦巻いた。
一歩遅かったと嘆いた時には、もう、間に合わず。
彼女は砂漠の海を渡っていった。
あの時の恨みは、まだこの胸に残っている。
だからこそ、今、自分は此処にいる。
あの時とは逆のことをしようとしている。
彼女が望まなくとも、自分の望みを・・叶える・・。

「当然でしょう。」
「ならやはり、捨て置けませんわね。」

そして、カーティスと主人が抱いていた思いを、チェイカは知っていた。
カーティスが寄せる、主人への思い。
主人が寄せる、カーティスへの思い。
だが、まるで姉のように自分を慕う主人を、こんな不穏で、信用ならない男になど任せては置けない。
だからこそ、直前にその前から連れ出したのだ。
絶対に、この相手には任せられない。
例え、主人が、望んでいたとしても。

「・・別にそれはそれで、かまいませんよ。さらえないのなら・・・押し込めて、しまえばいい。」

ひやりとするような、冷たい笑み。
酷薄な様相に、チェイカは一瞬息が詰まった。
以前のカーティスは、こんなだっただろうか?
チェイカは自問自答した。
今まで見てきたカーティスは、殆ど執着というものを見せず、常に何を考えているか分からない笑みを絶やさず、気に入らなければ切る。
そんな人間だった。
何の感慨も無く殺せるし。
殺すことに躊躇いもない。
が、何処か悪意というものが欠落していたように見えた。
それがどういう事だろう。
今は、そんな姿はどこにも無い。
それは・・執着故なのだろうか・・・?

「そ、そんな事をして、嫌われたらどうするんです?」
「別に、どうもしませんよ。」

その答えに、眉をひそめる。

「どうもしません。ただ、逃げなければいい。」

そっと、自分の手の平に視線を落とし、握るカーティス。
逃がしはしない。
"喪失"なんてものとは縁の無かった自分。
何も、誰も、大きく自分を揺らがすものは無く。
カーティス自身、それが自分の普通だと思っていた。
初めての衝撃だった。
そして、不安、恐れ。
足元が無くなる感覚に、ただ呆然とするしかなかった。
手の中から零れ落ちて、走り去ってしまったプリンセス。
彼女の望みなどもう、知るものか。

「この手の中にあれば、それでいい。」

そう、思うのに、まだ・・未だに、心がざわめく。
泣きそうな顔。
涙で潤むのを我慢するプリンセス。

そんなに嫌なら、何故、あの日々に、自分の手をとった?
何故・・

心がざわめく。
この手にあるのに。
望みは、今、叶ったのに・・。




*****************
まだまだ続きます。
ぐるぐるしているカーティスと、どんよりしているアイリーンな組み合わせ。
ちょっとハッピーエンドに持っていくか悩みつつ。
このままどろどろぐだぐだな二人で終わらせるかどうするか・・
まぁ、なるようになります。



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