檜垣学園
10
とてもじゃないが、この彼を、よぅさくちゃん!などと気軽に呼べる訳がない。
「本名は、剣花菱 さくらんぼ(ケンハナビシ サクランボ)」
ボソリと僕の耳元で囁いたリョウの言葉を、僕はすんなりと呑み込む事が出来なかった。
剣花菱……さくらんぼ?
さく、さくらんぼ…?
さくらんぼ!!!?
「こんな強面がさくらんぼ!?」
なんと可愛らしい名前だ!!
「んだとテメェ…」
「ブッアハハハハ!!ナイスリアクションだ!ルーク」
いや、リョウ!笑ってないで!後ろでさくらんぼくんが物凄い睨みを僕に……、ってあれ?
よくよく見ると、さくらんぼくんは身体中ボロボロで、あっちこっちから血を流していた。
「──っっ!どうしたんだい!?この傷っ!」
僕は慌て彼の元へ近寄り、スラックスのポケットから取り出したハンカチで、特に流血の多い左腕を覆った。
「俺に触んなっ!!!」
「──っぐ!!」
ガシャンとフェンスがたわむ。
腕に触れた僕を、さくらんぼくんは反射的に拒絶し、胸ぐらを掴み僕をフェンスに押し付ける。
「うぜぇんだよっ!消えろ!こっから消えろ!俺に近付くなっ!!」
「っぐ…」
「さくらんぼ!!!」
物凄い速さで伸びてきたリョウの腕がさくらんぼくんの胸ぐらを掴み、給水塔側へ彼の身体を投げ飛ばす。
「──っ、ゴホッゴホッ…はぁっはぁ」
「ルーク、大丈夫か?」
押さえが無くなり倒れかけた僕の身体を、リョウは優しく抱き止めてくれて、噎せながら平気だと僕は頷いた。
「……さくらんぼ、直ぐに暴力で相手突き放すのはお前の悪い癖だ」
僕を抱き締めながら、リョウに投げ飛ばされ蹲っているさくらんぼくんへと投げ掛けるリョウの声は、いつもの明るくふざけた声とは違い、冷静で妙に大人びた諭す様な優しい声。
「いつまで他人を拒絶する気だ?お前の事全部解ってくれてた、社(ヤシロ)や織枝(オリエ)はもうこの学園には、お前の隣には居ねぇんだよ。……解ってほしいなら、お前から歩み寄れ」
「…………っ」
さくらんぼくんは、リョウの言葉を聞いて悔しそうに眉を寄せ、涙目になった。
そんな顔をすると強面が幾分か和らぎ、年相応な感じがした。
「……傷、保健室で診てもらえよ」
そう言い残して、リョウは僕を労る様に歩き出し、屋上を後にする。
□■□■□
「アイツ喧嘩早い性格なんだよ。あの傷も誰かとやったもんだろ」
屋上から出て、何階か降りた階段の中腹の所でリョウは僕を階段に座らせ、自分も隣に座って僕の首を診た。
「どこも痛くねぇ?」
「平気だよ。首絞められた訳じゃないんだから」
苦笑すると、リョウはとても悲しそうな顔をした。
「……竜田姫が、あんなあからさまにお前を敵視して、お前に嫌な思いさせたから、気分転換でもって思ってお前を屋上に連れてったんだ」
なのにもっと嫌な思いさせちまったと、リョウらしくもなく落ち込んでしまうので、僕は驚いた。
[*BACk][NEXt#]
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