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最初の晩餐(ザンザス)<完>







*注意!!この話には幼児に対する暴力的な表現が若干含まれてます!!苦手な方はブラウザバックプリーズ!!










 朝食同様、ルッスーリアの手伝いをしていた幼子はおおかたを運び終わって、小さく息をついた。


「あとは、はこぶもの、ないです、か?」
「そおねぇ〜・・・じゃあ、このワイングラス、ボスのところに置いてもらえる?」
「はい」


 これで最後よ。と手渡されたグラスを持って、幼児はてててて、と駆けた。すぐに遠くから、「走るなぁ!」と叱られたので、ゆっくり歩く。
 ザンザスの席に辿り着いて、あることに気付く。

 ───身長が足りない。

 ヴァリアーの食卓は幼児が踵を持ち上げ、限界まで腕を伸ばしてやっと届くか届かないかの高さだった。
 今までは縁が広く、安定感のある食器ばかりだったのでなんとか横から押し込む形で置くことができたが、ワイングラスまではそうもいかない。
 しばらく考え込み、しかたない、とザンザスが座るはずの椅子を台にして、よじよじ、と登りだす。彼にとっては背の高い椅子の上に立って、ワイングラスを置いた。ついでに他の皿の位置やナイフとフォークの並びも整えてやる。幼児の、まだ短い人生の中で、ナイフやフォークを二本以上使ったことはなく、また、それらにきちんとした並びがあることなど知らなかった。今しがたルッスーリアに教わったばかりの上流階級の作法は、幼心を夢中にさせるに十分だった。


「・・・・・・オイ」


 しかし、夢中になりすぎて、席の主が近付いていたことに気付けなかった。
 大地を揺るがすような低い声に、幼子は身体をビクリと震わし、隣を見上げた。そこには、腹が減っているのか自分の席が盗られたと思ったのか、機嫌の悪そうなザンザスが眉間に皺を刻んで立っていた。


「・・・あ」


 その、成人ですら尻込みしてしまうような貫禄は、年端がゆかない子どもにとって恐怖を煽るものでしかなく、幼児は顔を青ざめさせると、すぐに椅子から降りた。


「ご、ごめんな、さい」


 幼い子どもとして泣き出さないのが可笑しいくらいの殺気を浴び、俯きながらザンザスの横を通りすぎようとしたその刹那。


「邪魔だ」


 幼子の身体は、一瞬、呼吸をするのを忘れた。否、忘れたのではなく、外因的に呼吸を止められたのだ。赤いカーペットが敷き詰められた床を見ていたはずの視界が真っ黒に染まり、それがザンザスの足だと気付いたときには、既に壁へ叩き付けられていた。お腹がじんじんと痛む。蹴られた、らしい。


「キャー!」


 ぐらぐらと揺れる思考の中で、絹を裂くようなダミ声が聞こえた。恐らくルッスーリアだ。
 ふわり、と逞しい腕に抱き上げられる感触がして、次いでフローラルな香りが鼻をくすぐった。


「ボ、ボス・・・!なんてことするの!おチビちゃんはボスの食器を運んでくれてたのよ!?」


 ぐったりとしていた幼児を抱き上げると、途端に呼吸を思い出したのか、小さな身体がゲホゲホと咳き込む。それを見たザンザスは一つ鼻で笑うと、蔑むような眼差しで黒い子どもを見やった。彼にとっては強さこそ全て。脆弱な生き物は目障りでしかない。


「フン。そんなとこにつったってるからだ」


 遠くから、フランやベルが面白がって囃し立てる声が聞こえる。どうやら、新参者の彼をチヤホヤするつもりはないらしい。ボスが法律のレヴィは無表情で、スクアーロだけが顔をしかめていた。
 スクアーロは思い出す。あの子どもを押し付けられた、もとい、預かったとき、くれぐれもよろしく、と口端を弧に描いて何度も念を押してきた相手の目はまったく笑っていなかった。怪我をさせてしまったと知れたら、母親あたりはビックリするぐらいで済むだろうが、彼を溺愛している連中を思うと、胃が痛くなる結果になったとだけ言っておこう。この場合、最終的に害を被るのは自分なのだ。


「おチビちゃん大丈夫?」


 今にも泣き出しそうな悲痛の表情を浮かべるルッスーリアに、幼子は手を伸ばした。


「ルッスーリア、さん」


 大人の言っていることの大半が初めて聞く子どもは、如実に周りの空気を敏感に感じとることが出来る。子どもの小さな胸の内では自分に向けられる慈悲の心よりも、自分の為に彼女が胸を痛めているという事実が何よりも悲しいことだった。腹の痛みや胸の息苦しさよりも、それはずっとずっと悲しいことだった。


「だいじょうぶ、です」


 くい、くい、とルッスーリアの首回りについている長い毛の先端を引く。筋肉に包まれた逞しい腕から降りて、ぱんぱんと服についた埃を落とす。黒い服は白い汚れが目立っていけない。皆と揃いというのは嬉しいが。


「お、チビちゃん、だ、大丈夫・・・なの?」
「だいじょぶ、ですっ」


 むん、と幼子にしては珍しく鼻息が荒い様子で力強く答えた。


「このくらい、なら、きょーやさんと、しゅぎょーで、いつも、してます」
「修行?」


 首を傾げるルッスーリアに、幼子はこくこくと頷いた。きょーや、とはまさかボンゴレの雲の守護者のことだろうか。あまり面識はないが、ちらりと見た限りの性格でも充分ありえると思った。


「あっ、おチビちゃんっ」


 軽く幼児虐待な暴力を「いつも」と称する頻度で振るわれていたのだろうか、とルッスーリアが悶々と考えていると。幼子がひとりで、てててて、と駆け出した。


「ザンザス、さん」
「あぁ?」


 今のさっきで再度臆面なく近寄ってきて、尚且つ話しかけてきた子供に、ザンザスはなんか文句あるのか、と大変大人気ない様子で威嚇する。しかし、小さな子どもは、怯えていた先ほどよりも、寧ろずっと落ち着いていて。まっすぐに暴君を見返した。


「つうこうのじゃましてすみませんでした」


 一息にそう言ってぺこりと黒い頭を下げる子どもに、見ていた一同は揃って目を丸めた。
 幼児はそんな集団には意にも介さず、また後ろを向いて、てててて、とルッスーリアの元へ駆けた。


「ボスさんよりあの餓鬼の方がよっぽど大人だなぁ」


 ぐわっしゃぁああん!


「何で隊長ってこうなるとわかってて言うんですかね〜」
「学習能力0なんじゃないですかー?アホのロンゲ隊長ですからー」
「ブプッ」


 しみじみと呟いたスクアーロの顔面に、主菜の肉塊が叩き付けられた。ベルは呆れ、フランはいつも通りの無表情。レヴィだけが嬉しそうだ。


「ルッスーリアさん・・・おなか、すきました」
「あ、あら、そう・・・?それじゃご飯にしましょうか?」


 ケロリ、とした幼子の様子に、ルッスーリアは戸惑いつつも、食事を始めることにした。







***






「今日のデザートはプリンよ〜ん♪」
「おー」
「庶民くせー」
「おだまりベルちゃん!」
「プリン・・・!」


 ガラスの皿に乗せられた黄色いものを見て、幼子の目が輝いた。それにルッスーリアは嬉しそうに笑う。


「おチビちゃんが好きだって聞いてたから作ってみたの♪」
「あ、ありがとう、ございます!」
「庶民はこれ好きだよな〜」
「文句があるならセンパイの分もミーが食べてさしあげますよー」
「バーカ。誰がやるか」
「ごちそう、さま、でしたっ」
「早ッ!?」


 ペロリ、と、一瞬で消えたプリンに全員が驚愕する。


「オイ」


 ビクリ。地響きにも例えれる、低い声に、幼子の肩が大きく揺れる。
 驚いて見上げれば、食事中は黙々と食べていたザンザスがいつの間にか隣にいた。威圧感溢れる眼光に見下ろされて、後ろめたいことなどないはずなのに、何か粗相をしたのかと、心がざわつく。

 しかし、


「施しだ」


 ぷるん。


「え、」


 瑞々しく空気を揺らして目の前に置かれたのは、デザートのプリンだ。
 もちろんそれはたった今自分の分を平らげたばかりである幼子のものではない。誰かのを強奪したわけではないのであれば、恐らくザンザスの分であろう。
 不思議に思って見上げるが、ザンザスは既に踵(きびす)を返して部屋から出ていくところだった。
 また視線を下ろす。やはり、目の前には自分の大好物がある。幻ではない。

 ザンザスの台詞を思い返せば、これを食べろということなのだろう。彼の意図はまったく読めないが、据え膳はナントヤラ。幼児はそれ以上深くは考えず、上機嫌に黄色い天使を頬張った。









(オイ!ボスさんがプリンを他人にやったぞ!?)
(まぁ〜明日は雨かしら〜?)
(むしろ雪じゃね?)
(雹(ヒョウ)だ・・・)
(ヒョウはヒョウでも動物の豹(ヒョウ)とかー)
(槍が降るぞぉお゙)
(血の雨だね〜)
(アラ〜。お洗濯どうしましょう〜?)














勝手にボスをプリン好きにしてスミマセン・・・!
まぁ甘味に限らず、食べ物を他人にやるなんて・・・!ってことで。

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