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十月十日(夢主+リボーン)日記ログ
(+10)






 ───その身の内で育まれているものを想って、彼女は目を伏せた。


「どうだ調子のほうは」
「えぇ、順調よ」
「そいつはよかったな」
「ふふ、ありがとう」


 素っ気ない祝辞の言葉にも、彼女は慣れたように笑った。


「アイツはちゃんと来てるのか?」
「そうねぇ・・・週に1、2回ってところかしら」


 その挙げられた数に、彼は眉尻を持ち上げた。


「・・・意外だな」
「でしょう!」


 私もそう思うの。と、彼女は悪戯っぽく微笑んだ。その表情が満更ではなさそうなので、きっと幸せなのだろう。


「もう安定期に入ったから大丈夫だって言っても信じてくれないのよ」


 小さい子みたいでしょう?と言うその表情も幸せそうだ。


「そうか、安定期に入ったのか」
「・・・触ってみる?」


 無意識に彼女の不自然な膨らみを凝視していたらしい。唐突な提案に、らしくなく虚をつかれた。
 一度自分の右手を見てから、彼女の腹に目を移す。ゆっくりと首を横に振った。


「やめておく」
「遠慮しなくていいのよ?」
「いや・・・」


 苦笑して、想う。
 呪われた身で母体に触れるのは、神聖なものを汚してしまうような背徳感があった。
 触れた程度で己れの不幸が移るなんて子供染みたことは思わないが。それでも、まっさらな未来を持った新しい命は、自分が接するには相応しくない気がした。
 それに、今まで散々多くの命を奪ってきた自分が、どうして生命の誕生を喜べるだろうか。
 そんな彼の心情を察したのか、彼女はムッとした表情で彼の手を掴んだ。


「オイ・・・」
「いいから」


 何か言おうとした彼の言葉をぴしゃりと遮って。彼女は両手でその手を包み込んだ。


 呪われた右手。


「あたたかい手」


 温もりを享受しようと両目を伏せる彼女の手はひんやりとしていた。


「おまえの手が冷たいんだ」
「ふふ、そうね」


 そうかもしれない、とまた幸せそうに言って、彼女は祈るように彼を包む手を顔の前に持ち上げた。


「暖かくて、優しい手だわ」


 たくさんの命を奪ったのかもしれない。でもその分、多くの命を救っていたはずだ。


「私を、何度も助けてくれた」


 彼女はゆっくりと、その手を自分の腹に当てさせた。オイ、と言いかけた自分の言葉にも彼女はまた、いいからいいから、と取り合わない。


「呪われてなんかない。優しい手だわ」


 初めて触れる母胎は、言葉にならない気持ちを生んだ。なんだか、面映ゆいような何でもないような、不思議な感覚だった。
 彼女の身の内では、まだ生まれる前の命が息づいているのだ。何度見ても不思議な光景だと思う。


「守ってくれた。心配してくれた。喜んでくれた。───普通ただの人の手よ」


 その言葉に、彼は閉口した。暫しの間、彼は金縛りにでもあったかのように、動くことが出来なかった。


 呪われた身体。


 自分はもちろん人であるつもりだし、仲間たちだってきっとそうだった、筈だ。
 最強を吟うのだって、何も選民意識があったからではない。
 それでも、自分たちが他とは違うという感覚が拭いきれなかったのも事実だ。


「痛っ」


 突然に痛みを訴えた妊婦に、考えに耽っていた意識を戻し、咄嗟に手を振り払ってしまった。


「どうした」
「だい、じょうぶ」


 まだ痛いのか苦い笑いを浮かべている。
 ごめんね、びっくりした?と訊ねてくる仕草はなんとも母らしい。しかし、自分まで子ども扱いはしないで欲しい。


「産まれるのはまだとうぶん先だろう?」
「あぁ違う違う」


 愛らしい勘違いを快活に笑い飛ばして、彼女はまた彼の手を掴んだ。お腹の横あたりに当てさせられて、自分の手にかかった衝撃に、思わず彼女から擬ぎ離した。


「ははっびっくりした?」
「・・・けっこう、動くんだな」
「そうなの。みんなびっくりするのよ」


 しかし、一言ぐらい告げればいいものを。まったくいい性格をしている。
 何だか癪に障ったので、今度は自分から触れてみた。彼女は嬉しそうなだけで、何も言わなかった。


「痛いのか」
「少し、ね。臨月間際にはもっと強くなるのよ」


 少しは大人しくして欲しいわ。という彼女の腹を突き破らん限りに胎児は忙しく動いている。


「ずいぶんと暴れん坊だな。男か?」
「さぁ?どっちかしらね」


 その台詞がはぐらかしているのではなく、本気の言葉だと悟り、次の言葉を発するまでに少しの間を要した。


「知らないのか」
「うん。普通はお医者さんが先に教えてくれるんだけど、私は聞かなかったの」
「・・・理由を訊いてもいいか」


 先に断りを入れれば、「ええ勿論」とクスクス笑いを混じらせて言った。貴方らしくないわ。とも言われた。自分でもそう思うので、反論できない。


「とっても簡単よ。産まれたときのお楽しみにしようと思ったの」


 それに、と彼女は続けた。


「産まれてくれれば、それでいいわ」


 たったそれだけのことでも、幸せだと数える。
 彼女はいつだってそうだった。


「はやく会いたいわ」


 あなたに、と彼女が呟いた。








(はやく、はやく生まれておいで)












一応、リボーンが父親の場合でも大丈夫な造りにしてます。
リボーンが相手だと会話が無駄に弾むので、無駄に長くなってしまいます。本当はもっと短くする予定だったのにな。

あと、補足として付け加えさせて頂きますが。安定期と胎動は大体妊娠5ヶ月を過ぎたあたりできます。
この話の2人は会うのが4、5ヶ月ぶりくらいで、ヒロインは妊娠7ヶ月くらいの設定です。このぐらいになるとけっこう動きます。
もちろん個人差はありますけどね。






掲載日(09/09/06)








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