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不思議な不可解(ベル)



 朝食を済ませ、ベルはとくにすることもなく、全員が席をたったにも関わらずその場に残っていた。


 じぃ〜・・・


「・・・あんだよ」


 ルッスーリアが淹れたお茶を口に含め飲み干してから、ベルは穴が空くほどの視線を向けてくるモノに問いかけた。


「あの・・・」


 ベルが話しかけてくるとは思わなかったのか、それは戸惑ったように視線を泳がせた。


「おなまえ、は・・・なんていうんですか?」


 おずおずと、だけどしっかりと訊ねられた質問に、ベルは幼子の名前は聞いていたが、自分が名乗っていない事実に気が付いた。


「あー・・・ベル。ベルフェゴール」
「べる、ふぇ・・・?」
「ベルフェゴール。言ってみ」
「べ、べるへろーる」
「誰がそんな美味しそうな名前だよ」


 見事に間違えてくれた幼児に、ベルはツッコミをいれた。


「べるふぇ、おぅる」

「はいダメ〜」

「べる、へ、ごーゆ」

「もーいっかい」

「べるふぇ、ろーる」

「また『ロール』に戻ってる」


 何度も言わされて口が疲れたのか、黒い子供は小さくはぁ、と一呼吸した。
 見下ろすことに疲れて、ベルは何気なくその小さい生き物の脇に手を差し入れて、自分の目の高さまで持ち上げた。
 コテン、と首を傾げれば、目の前の黒い頭も真似をして首を傾げる。


「なぁ、なんでそんなに喋れねぇの?」
「あら。小さい子なんてそんなモノよ?とくに日本人は顎の力が弱いから余計に呂律が回りにくいんじゃないかしら」


 ほとんど一人言のつもりで言った疑問に、意外なところから返事が返ってきた。空になったベルのカップにお茶の代えを注ぎながら、ルッスーリアが答えたのだ。
 芳しいお茶の香りが鼻腔を擽り、男の癖に気が利く奴である、と思う。


「へぇ〜。じゃあ『ベル』でいいぜ。そんぐらいなら言えんだろ?」


 そもそも、ベルはそこまで自分の呼び名に拘りがあるわけでもなかった。ただ、懸命に自分の要求に答えようと四苦ハ苦している幼子の姿が楽しく、つい加虐心を煽られただけなのだ。


「べる、さん」


 口の中で何度も自分の名前をモゴモゴ紡ぐ子供を、腕が疲れたので膝の上に降ろす。と、コトン、とまるで謀ったかのようなタイミングで目の前に置かれるマグカップ。


「蜂蜜ミルク♪おチビちゃんの分よ♪」
「あ、りがとう、ございますっ」
「いえいえ♪」


 自分のお茶の横に置かれた湯気をたてる白い液体を見て、やはり気が利くオカマである、と思った。ついでに、これで性別が女ならいいのに、と思った。でもって顔がよければ以下略。


「ん・・・」


 ベルの膝の上で、ルッスーリアが子供用に買ってきたのだろう小さなマグカップに手を伸ばす幼子。しかし、その短い腕では全く届かず、その拙い手は空を掻くばかりだった。もう少し身を乗り出せば届いたかもしれないが、生憎ベルによって腰をがっしり捕まえられているため、ギリギリ届かない位置までしか手を伸ばすことができないのだ。この男、根っからのサディストである。


「ほらよ」


 しばらくその焦れったい動きを愉しく観察していたベルだったが、終いには飽きてしまい、遂には痺れを切らした。直径が狭いコップの口を指と指で挟んで幼児の前にもってきてやる。
 急に目の前に差し出されたコップに幼子はきょとん、としたあと、頭上のベルとコップを交互に見遣ってからおずおずと受け取った。


「あ、ありがとうございます」
「ん」


 手の中で湯気をたてるものにふぅふぅと息を吹きかけてから、ちみちみと口を着けはじめた様子を見て、自分もお茶を手にとる。なんとなく同じように冷ます動作をしてから喉に流した。うん、まだ暖かい。



(何でだろうなぁ)



 重たいだけのはずの膝の上の温もりが、何故か心地好く。不思議と苦ではなかった。
 下から薫ってくる甘い蜂蜜の香りが思考を遮る。


(まぁ、いっか)


 例え、殺しや戦闘では『天才』の異名をとる彼でも、幼い子供のもたらす不思議の正体は、わからないままだった。



(ししっ)



 しかし、それでもいい。と、ベルは幼子の黒い頭を見ながら思った。
 わからなければいけないということもないだろう。

 何故なら彼は、



(だってオレ王子だもん♪)



 という理由だけで、十分だからだ。











思議な可解
(殺し以外でこんなにも楽しいと思ったのは、初めてなんだ)














『麗しの朝』から続いてます。


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