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 ――紘はいやしだよ。


 いつかぼくの体をぎゅって抱きしめながら御影が言ってくれたことを思い出した。


「それって、ペットとかそういう意味でしょうか」

「あー……そうじゃなくてなあ」


 うーん、どういえばいいか。なんて、真柴先輩がうなっている。その肩をやさしく撫でながら、水無瀬先輩が「志野ちゃんは考えすぎだよお」なんて緩い。


「紘ちゃんはかわいいってことだよー」


 かわいい?

 自分の体を見下ろす。ぼくが? なにを言われているか分かった瞬間、ぶんぶんと首を横に振った。水無瀬先輩と真柴先輩に見せた動きの中で一番激しかったかもしれない。


「この学校には、かわいい子いっぱいいます。ぼく、平凡ですよ」

「あー……そう思ってるなら、まあ、いいんだけど」


 呆れた顔で真柴先輩が言う。ますますわけが分からない。


「とにかく紘ちゃんは、かわいいから癒し系なんだよー」


 もしも、なんて付けたら、なにもかも自由に想像できるなんて素敵だなと思うけれど。

 もしも、御影がぼくのことすこしでもかわいいと思ってくれていたら、嬉しいのだけどなあ。


(あれ、どうして……)


 どうしてありもしないことに、期待するのだろう。ぼくって、御影にかわいいって思われたかったのか。

 いやいやいや。


 また激しく頭を振っていると、目の前のふたりはそろって首を傾げた。

 おい、なんていう真柴先輩の制止もきかずに、後ろからその体を大切そうに抱きしめる水無瀬先輩。すごく、お似合いだ。


「そういうわけでね紘ちゃん。おれたちは転入生に興味がないんだー」

「……というわけだよ」

「むしろ、近づけたくないよー」


 ――今、なんて言った……?


 近づけたくない? 水無瀬先輩は真柴先輩を、転入生に近づけたくないの? どうして? めんどうだから?


「どうして、ですか?」

「どうしてって、当たり前じゃん。マリモ美形だいすきだし、志野ちゃんは餌食になるよ。そんなのいやだし、志野ちゃんにはおれだけを見ていてほしーし」

「今更脇見なんかするかよ。……それに、美形ならむしろおまえだろうが。おまえ、最初のほうめっちゃ付きまとわれてたし」

「でも見向きもしなかったー」


 ――ああ、そうか。


 そんな会話を聞いて心にすとんと落ちてきた気持ちに、震える。やっと、分かったと。


「ったく……て」こちらを向いた真柴先輩が、驚いたように瞠目したのが、ぼやけた視界でも伺えた。「紘、どうした」


「……っ」


 ぽたっぽたっと、溢れた涙が頬を伝って床を濡らしているのが分かった。


「紘ちゃん?」


 ぼくを甘やかす、秀麗な容姿を持った隠者が、もしも長島くんに見つかってしまったら。


 ――おまえかっこいいな!


 長島くんの持つ、不思議な渦に巻き込まれて、長島くんに執心しはじめたら。

 いやだと、何十回も心の中で呟いた。


(ぼくは――)


 やっと分かった。もやもやしていた気持ちは、こんなに簡単で。

 触られて落ち着かないのも、あのやさしさにすぐに会いたくなるのも、ぼくのほかにはだれにも見つかってほしくないのも、ぜんぶ、ぜんぶ。


 御影が、すきなせいだ。


「おい、……どうした紘」

「紘ちゃん、紘ちゃん、泣き止んでー」


 会えない――。

 御影に会えないのが、こんなにもつらいのも、ぜんぶ。



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