09
「待て」
なんて、ぼくを連れ出そうとする会計を止めたのは会長の声。
「なぜそいつを連れていく。生徒会に行くのか」
「そうだよー」
「どうしてですか、水無瀬。その生徒は関係者ではありませんよ。立ち入り禁止を破るつもりですか」
ぷっちーん、なんて、めのまえの大きな体のどこかで血管が切れた音がした、……ような気がした。
会長や副会長に向き直るように振り返った会計のこめかみには、青筋が浮いている、……ような気がした。
「最初に気持ち悪いクソマリモを入れたのはどっちー?」
「……」
「事態は立ち入り禁止とか生ぬるいこと言ってる場合じゃないんだよねー。どっかのだれかさんたちが仕事しないから、代わりにこの子に手伝ってもらうことにしたの」
「な! そんなことが許されるとでも……」
「「そうだよあおいー。おかしいでしょおー??」」
「顧問に連絡取ってあるよ。許可はもらっているんだー。念のため風紀にも申請しておいたよー? なにか文句でもあるの?」
「俺の許可が――」
「ねえ、会長?」
会計の纏う空気が我慢は限界というように、急にツンドラ気候なみに低下する。そばにいるぼくもビビるくらい。
「きみがなにかを言う権利が、まだあると思ってるのー? 甘いよ、あまい」
「……っ」
「行こうか、紘ちゃん」
さっきまできっとぼくが周りからやっかまれないように斉田くんと呼んでくれていたのに、怒りで血が上ったせいか、呼び名が戻っている。
生徒で溢れ返った場所を抜けて生徒会室に向かうほど、人通りがなくなる。だれもいなくなると、ぼくたちが歩く音だけが辺りに響いた。前を歩く背中から感じるのは、裏切りに近い目にあったといわんばかりの怒りと痛みと、哀しみかもしれない。
「あの、会計さま」
「フツウに名前でいいよ」
「あ。はい。水無瀬せんぱい」
「うんー?」
「よかったんですか? ……会長さまたち」
半期は、一緒に過ごしていた仲間だったんだ。会計――水無瀬先輩が、傷ついていないわけがない。
だけど振り返った水無瀬先輩は、もういつも通りの笑顔に戻っていた。
「こんなときまで人の心配なんて、いい子だね紘ちゃんは」
「……」
「大丈夫だよ。今まで言いたいことたくさんあったけど、いつか戻ってくるって淡い期待抱いてたんだ。……だけど、あんなの見たらもうね」
逆に言いたいこと言えてすっきりしたんだ、生徒会室に入りながら水無瀬先輩が朗らかに笑った。
「それよりも言っちゃったからには、すこしだけでも手伝ってもらっていいかな?」
「もちろんですよ」
それから放課後は、生徒会室で缶詰になることが日課になった。水無瀬先輩とポツポツ喋りながらもひたすら期限スレスレの書類たちを処理し、たまに風紀副委員長――もとい真柴先輩がひょっこり訪れてはすこしだけ書類を片付けて、できているものを風紀へ持って行ってくれて、というような生活サイクルになった。
もちろんしんどかった。だけど――。
屋上にも行けなくなって友達にも見放されて、なによりも長島くんの影で御影と会ってしまうことにびくつきながら送っていた生活よりも、何十倍もやさしい日常だ。
なによりも、真摯に集中して書類とにらめっこしている間だけは、御影への気持ちを、まぎらわすことが出来たんだ。
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