novel
彼の秘密と彼女の原因
※学パロ





キーンコーンカーンコーン……。
授業が終わると同時に、カバンの中から弁当箱を取り出す。合間の休み時間に早弁をしていたため、残りはすでに半分くらいになっている。しかしここがポイントなのだ。――一刻も早く校庭で場所を取らなければ。
夏梨はできるだけの勢いで弁当をかっこむ。こういう時は、双子が同じクラスだとわかりにくいという理由で離された遊子がいなくてよかったと思う。早食いは体に良くないと滔々と説教を食らいそうだ。
スカートの下に穿くための短パンとサッカーボールを掴んで立ち上がる。

「黒崎!」
「おう」
先に勉強を食べ終わり教室の出口辺りで待っていた仲間達に合流する。だが面子が一人足りないことに気づき、夏梨は教室を振り向き目的の人物に声をかけた。
「冬獅郎!」
「俺、今日はパス」
「今日はって……お前先週も一度も来てないだろ!?」
「いいだろ、別に。部活じゃねぇんだから」
言いながら、日番谷はカバンを持って立ち上がった。そのまま下駄箱まで行くのについていく。どうせ夏梨も行き先も一緒だ。

「冬獅郎、帰るのか?」
「帰らねぇよ。午後も授業があるだろうが」
「じゃあ何でカバン……」
「何だっていいだろ。ほら俺に構ってないでとっとと行けよ、場所なくなるぞ」
「……うん」
日番谷とは反対方向に歩き始めてしばらくして――夏梨は手に持っていたサッカーボールを仲間に押し付けた。
「悪い、今日はあたしもパス!」
「あ、おい、黒崎!!」
仲間達の声を背中に聞きながら、夏梨は駆け出していた。


*******



(こんなところで何やってんだ……?)
日番谷を追っていってたどり着いたのは体育館裏。日番谷はしゃがみこみ、カバンから何かを取り出した。
(……牛乳?と、皿?)
日番谷はカバンから牛乳パックと小皿を取り出すと、トプトプと注ぎ始めた。そして、植え込みの陰に隠してあった段ボールを引きずり出し、中身を――、
――中から出てきた予想外のものに、思わず声が出た。

「猫?」
「おまっ、夏梨!?何でこんなトコに」
「それはこっちの台詞。何でこんなトコに猫がいんの?」
いつも冷静な日番谷が少しあわてているのがおかしい。近くに来て見てみればかなり猫は小さく、まだほんの子供だということが知れた。
ミャー、と小さく鳴いた子猫は真っ白な毛並みをしていて、――けれどもその足に人工的な白さを見つけて夏梨は眉を潜める。
包帯だ。
「怪我?」
「ああ。何か公園に一匹……たぶん捨てられたんだろうな。怪我してたしまだ小さかったから、思わず……」
拾ってしまったのだという。

拾ったはいいが置いておく場所がなく右往左往している姿や、手ずから治療をしてやったりする姿を想像すると、普段が普段だけに、かなり……。
「……ぷっ」
「あっ、てめ、笑ったな!?」
「いやいやいやいや。かわいいなあって思っただけだよ。猫が」
「嘘つけ!」
「うん嘘」
「なっ……」
あっさり嘘と肯定した夏梨に日番谷は絶句する。
日番谷が固まっている間に夏梨は日番谷の隣にしゃがみこみ、一生懸命ミルクを舐める子猫に手を伸ばした。子猫を刺激しないように、そうっと頭をなでる。夏梨の心配などよそに、子猫は必死にミルクを飲んでいて、夏梨に頓着する様子はまるでない。
白い毛並みは見た目通りにふわふわしていて、あたたかい。ふとしたことで簡単に死んでしまいそうな、ふにゃりとしたこんな小さな生き物が一生懸命生きていることに感動すら覚える。

「飼わないの?」
彼が意外に情に篤いことは知っている。かわいいからと一過性の感情でエサを与える女子達とは違うこともわかっている。彼がきちんと責任持ってここで『世話をしている』ことも。
「ばあちゃんがな、気管支弱いんだよ。動物は連れ込めねぇ」
日番谷は従姉妹の雛森と祖母の三人暮らしだ。雛森も日番谷も祖母を大切にしているということもよく知っている。
それだけに、その言葉は重く響いた。

「……無責任だってのは、わかってるんだけどな……」
学校側に見つかったらいつ保健所に連れていかれるかわからない。食事の時間も不定期にならざるを得ない。そんな状況で飼うことを良しとしない日番谷のその言葉を、夏梨はとても『らしい』と思った。
「……うち、飼えるけど。遊子も動物好きだし世話好きだからしっかり飼ってくれるよ。親父も何も言わないだろうし」
「本当か!?」
間を開けず反応した日番谷の勢いに夏梨は少し怯んだ。それを見て日番谷は何か勘違いしたのか、言葉を濁らせる。
「……でも、お前ん家病院だろ。平気なのか?」
「自宅の方で飼ってりゃ平気だよ。大体うちじゃそんな無菌状態を要するような手術とかしないし」
「助かる。頼む」
そう言って日番谷は、夏梨に頭を下げた。


頼む、なんて今まで一度も言われたことがない。
プライドの高いコイツが頭を下げたことだって、一度も――……。


「な、何だよ、いきなり。大体水くさいだろ。そういうことなら最初からあたしに頼めよ」
ドキン、となぜだか心臓が跳ねた。このままじゃダメだ!と何がダメなのかもわからないが夏梨はあわてて話題を変える。
「こいつ、何て名前なんだ?」
「……シロ」
「まんまだな」
一拍空けて返ってきた返事に、思わず夏梨は笑った。
ひねった名前をつけないところもとても『らしい』と思った。


*******



――そして、一ヶ月後。
子猫を引き取った黒崎家に、日番谷と雛森が来ていた。
「きゃーっ、かわいい!ねぇねぇかわいいよ、日番谷くん!」
「よかったな」
日番谷の無愛想な返事に、夏梨は頬を引きつらせた。――怒っているのではない。笑いを堪えているためだ。
ヒクヒクと顔を引きつらせている夏梨に、日番谷からビシバシ視線が突き刺さる。鋭い睨みは「言うなよ」と言葉よりも雄弁に夏梨に告げている。
(素直に言やいいのに)
どうせ「黒崎ん家が猫飼い始めたらしい。おまえそういうの好きだろ、行ってみるか」なんて雛森を誘ってそれを口実に猫の様子を見に来たのだろう。丸わかりすぎて笑える。

「ねぇねぇ夏梨ちゃん、この子、何て名前?」
「あ、シロです。白いから」
「そうなんだ!ねぇシロちゃん、シロちゃんだってこの子!!」
「おまえ、その呼び方ヤメロ」
日番谷は半目で雛森に抗議しながらも、子猫を抱く雛森の横からしっかり様子を見ているのがまたおかしい。雛森が呼ぶことを想定していなかったらしい命名にも。

「「あ」」
雛森と日番谷の声が重なった。今まで雛森の腕の中で大人しく抱かれていた子猫が身動ぎ日番谷の方へと前足を伸ばしたのだ。
「きゃっ」
「危ねっ!」
子猫を支えきれなくなった雛森の腕から子猫が落ちかけ、日番谷がそれをあわてて受け止めた。端から見ている夏梨は、猫なんだからそんなにあわてる必要はないのではと他人事のように冷静に考えている。
「コイツ……」
前の飼い主を覚えているのか、子猫は雛森に抱かれていた時より遥かに心地よさそうにゴロゴロと喉を鳴らす。
それを、普段の仏頂面が嘘のようにやわらかな表情で日番谷がなでる。
「……ぷはっ」
ついに堪えきれずに夏梨は吹き出した。クラスメイトがこの光景を見たら何と言うだろうか。
憮然とした面持ちを向けてくる日番谷に、


ひ・と・つ・貸・し・な。


声は出さずに唇だけで告げる。それを正確に読んだ日番谷は苦虫を噛み潰したような顔でうなずいた。
(これで次のテストは安泰だな)
幼なじみの成績を思って、そして滅多に見れない光景が見れたことを思って、夏梨は笑いを噛み殺した。
「夏梨ちゃーん」
飲み物ができたと呼ぶ遊子の声に夏梨は階下へと、足取り軽く走り出した。







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あきゅろす。
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