novel
近距離レモネード
夏。
それは、十番隊にとっては天敵ともいえる季節である――……。


*******



「あ、ぢ――……」
執務室のソファにごろんと寝転がり、その豊満な胸がこぼれ落ちそうなくらいに胸元をはだけてぱたぱたと力なく扇子であおいでいる美女が濁点付きでうめいた。
しどけない、というよりこれはもはや、
「だらしねぇぞ、松本。その格好をなんとかしろ、そして仕事をしろ」
副官とは対照的に、日番谷はきっちり死覇装を着込み、さらには隊主羽織をまとっている。しかし先ほどからその額には汗が浮かんでいた。
「だあって、たいちょー……この暑さじゃやる気も起こりませんよ」
「おまえのやる気がないのはいつものことだろうが」
いつもと同じように淡々と返した日番谷だが、やはり暑さに辟易しているのが見てとれる。乱菊はチラリと隊主机を見て、仕事の進み具合が常に比べて遅いことを正確に読み取った。

「よっこいせ」
妙齢の女性らしからぬ掛け声で乱菊はソファから身を起こした。隊主机に近寄って、年下の主を見下ろす。
「……なんだ」
「隊長、あたしに仕事してほしいですか?」
「当たり前だろうが」
力のない肯定。
いつものように乱菊に怒鳴る気力もないらしい。当然だ。この上司は斬魄刀の影響か、ことに夏に弱い。

「それじゃ、」
日番谷の顔を正面から覗き込んで、にっこり。
――何だかんだ、日番谷が自分に甘いのは周知の事実。
「あたしのお願い、いっこ聞いてください」


*******



「……で、なんでこうなるんだ」
日番谷は苦々しい表情で乱菊に聞いた。冷房が効いた涼しい喫茶店で――ただし現世の、だが。
「やだなぁ。隊長がお願い聞いてくれるって言ったんじゃないですか」
「こんなバカバカしいお願いを誰が想像するか!」
日番谷は小さな声で怒鳴るという実に器用な芸当をしてみせた。



テーブルを挟んで向かい合った日番谷と乱菊の前には、氷がたくさん入った、見た目にも涼やかなピンクレモネード。
ただし――グラスはひとつ。そこから伸びるストローは二本。



「やっだぁ。だってラブラブカップル飲みは女の子の憧れじゃないですか!」
「……女の子って歳か」
「何か言いました?」
「イエ、何でもないデス」
頬をふくらませ、乱菊はストローに口を付けた。何だかんだお願いを聞いてくれたから、さっきの失言は目をつぶってあげることにする。
「……おまえ、こんなことがしたかったのか」
「ええ。なんたって女の子の憧れですから」
「……くだらねぇ」
顔をしかめながらも日番谷もストローに口を付けた。互いの額が触れそうなくらいに近い。


これでもかというほどに寄った眉間の皺。
(……ここにキスしたら、どんな反応するかしら)
ちょっと体を乗り出せば簡単に実現できそうな距離だ。


「だいたいなぁ、仕事すんのは当たり前だろうが。なんで……」
冷房と冷たいレモネードのおかげでだいぶ調子の戻ってきた日番谷に、そっと小さく笑む。
……一番の目的は果たしたから、その考えは胸にしまっておくことにした。










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久々にまともな日乱!
瀞霊廷にはクーラーって、ない、よ、ね……?


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