novel
「ありがとう」
※学パロ







ピーッ。
試合終了の笛が鳴った。
「4対6で、三年B組の勝ち!」
キャーッ!という歓声が沸き上がり、皆抱き合って喜ぶのを後目に、雛森はそっと体育館を後にした。


*******



「痛たた……」
水飲み場についた雛森は、顔をしかめながら蛇口を捻った。早くも青く変色してきた左手の中指を水に浸す。勢いよく水が落ちてきて、勢いが強すぎたのか突き指をした中指の筋がピリリと痛んだ。
「あーあ……最後の最後に泥塗っちゃったなぁ」
思わずため息をこぼす。こぼれたため息がごろごろと転がって沈んでいく。
今日は空座高校の球技祭だ。当然雛森も参加していたが、元々あまり運動は得意ではない。バレーボールの試合に参加した結果が突き指(コレ)だ。
「はぁ……」
雛森はもうひとつため息をついた。気持ちが沈んでいくのが自分でもよくわかる。
雛森は三年生だ。当然受験を控えているわけで、球技祭は高校生活の最後のイベントだった。楽しみにしていたのにこんな風に終わってしまうなんて。

「雛森」
「日番谷くん」
かけられた声に振り向くと、そこには幼なじみの姿。
同じクラスである日番谷は、バスケに出ていた。引退はしたが日番谷はバスケ部の元キャプテンで、華麗なプレイで観衆を沸かせていた。
どうしたの?と聞こうとした矢先に日番谷が深々とため息をついた。
「ホンットに鈍くせぇよな、おまえは」
「う、うるさいなぁ。しょうがないでしょ、バレーボールなんて授業でしかやったことないんだから」
「いいから手ェ貸せ」
反論を真っ向から無視された雛森は膨れつつも言われた通りに左手を日番谷に差し出した。座れ、と合図されてそのまま座り込む。

日番谷は丁寧に水気を拭うと部室から持ってきたらしい湿布を雛森の指のサイズに合うように切り、ぺたりと貼った。ひんやりとした感覚が気持ちいい。
次いで日番谷は細めの包帯で雛森の指を固定し始めた。指が包帯でぐるぐる巻きにされていく。
「え、薬指にも巻くの?」
中指と一緒くたに巻かれた薬指の包帯を見て雛森が問うと、「固定するためだ」とあっさり返事が返ってくる。その間日番谷の視線は雛森の手から動いていない。
「慣れてるね」
「そりゃな。これくらいは日常茶飯事だから」
そういえばバスケも突き指が多いな、と雛森は思った。チームメイトの応急処置をしたことがあるのだろう。

「できた」
雛森が思考を巡らせている間に処置は完了したらしく、日番谷は包帯の最後の部分をテープで止めた。そうして包帯を巻いた部分を軽く撫でる。
「結構ひどくやってるみたいだからな。後でちゃんと病院行っとけ」
「うん」
処置に使ったハサミやら何やらを救急箱にしまう日番谷に頷く。
「ごめんね、日番谷くん」
雛森が謝ると、日番谷は片付けをする手を止めて雛森の方を見た。見慣れたはずの翡翠の瞳に間近から射ぬかれてドキリと心臓がはね上がる。
「馬鹿野郎、言葉が違うだろうが」
コツン、と軽く日番谷が雛森の頭を叩いた。
「……ありがとう」
雛森が言い直すと、日番谷は小さく笑った。
滅多に見れないその笑みが嬉しくて。こっそり抜け出てきたはずなのに雛森が怪我をしたことに気づいてくれたことが嬉しくて。
自然と雛森も笑っていた。
「雛森」
顔を上げると、
「バレーボール優勝、おめでとう」
さっきはそれどころじゃなかっただろうからな、と日番谷。
さっきまで沈んでいた気分がぐんと上昇してきている。雛森はとびっきりの笑顔を浮かべた。

「ありがとう!」







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あきゅろす。
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