企画部屋 三日月宗近の話 前任は酷い人間だったのだと、今なら冷静に振り返ることができる。あの頃は思い出せるほど落ち着いてはいなかったし、心の整理もついていなかった。 俺は見ているだけだったのだ。乱と共に弄ばれ、他の者達が折れていく様を見ているだけだった。 乱暴な男だった。気に入らなければ折り、反論すれば折り、反抗すれば折り。拘束される直前には道連れだと言って見境もなく折り続け、俺達だけしか残らなかった。 暗い記憶しかない本丸。そこに光を差し込んでくれたのは、主だった。 天下五剣が一振り、三日月宗近。希少性が高く、彼を求めてブラック化する審神者を「月狂い」と称するほどの魔性の刀。 しかして、死織本丸の三日月は少し違うようで……? 一言で言って、地獄絵図だった。 「あ゛、あ゛る゛じぃ〜〜〜、ぐすっ」 「僕のっ……僕の可愛く尊い主がっ…………!!」 「腹の虫が収まらないな……なぁ長谷部、太郎太刀?」 「そうだな」 「………少し祈祷をしたいですね」 「主様、めまいは?頭痛は?他に痛いところは?」 主を中心に、混沌とした空間が出来上がっていた。獅子王は泣きながら主の腰にしがみつき、青江は1人で悶え、鶯丸と長谷部、太郎太刀はやや危ない光を宿した瞳で話し合っていて、乱は冷静に主の体調を気遣っていた。 そのすべてを、主は苦笑して見つめていた。 主が薬研に連れられ去ったあと、俺はゆったりと出陣部隊に歩み寄った。最初に気付いたのは、乱。 「三日月さん、主様が、」 「帰ってきてからはすべて見ておった。……何があったのだ?」 主の腕から滴り落ちる赤。包帯の白を容易く染めるそれは、見ていて気分の良いものではない。それが、主のものならなおさら。 『異能』を使わなければいけない場面、とは。 「ひぐっ……お、俺が悪いんだよぉ………!」 いまだに泣き続ける獅子王が口を開いた。どもりながらな上支離滅裂な内容だったが、最後尾にいた獅子王が検非違使の存在に気付かず、部隊が襲われる前に主が相手になったのだという。……相も変わらず、自分よりも刀剣を優先する主なことだ。 やや呆れつつため息をつけば、鶯丸がぽつりと呟いた。 「俺達は………主に何を返せるんだろうか」 ―――シン、とその場が静まり返る。……その身を盾にしてでも俺達を守ろうとしてくれる主に、俺達が返せるものとは。 俺と乱は顔を見合わせ、笑った。 「なんだお前達、まだわかっておらんのか?」 『!?』 驚いた顔で俺達を見る彼らに、笑って見せる。 ――何が返せるか。それは至極簡単なこと。 「主はな、俺達がただ隣にいて笑っていればそれで良いのだ。俺達は、主の゙家族゙なのだから」 「………、ああ。そうだった、な」 鶯丸が笑う。少し泣きそうな顔で。獅子王はさらに泣き、もはや手がつけられないな。長谷部と太郎太刀、青江は深く息を吐いていた。 俺達はただ、主のそばに在れば良い。それだけで、主への充分な返礼になる。 ―――そばにいてほしい。 何があろうと、俺はそれを違えるつもりはないのだ。主の、たった1つの願いなのだから。 「お前達もまだまだだな。じじいの立場まで早くこい」 「ぶっ、あはは!それは無理だよ〜!!」 乱が明るく笑う。こんな時が来ることを望んでいた。俺の望みを叶えたのは、他ならぬ主。 俺もまた、笑みを浮かべるのだった。 俺の望みを叶えてくれた主を、独りにすることは絶対にない。その温かな手を離すことはない。 その笑顔が曇るのならば原因を排除しよう。寂しいのならばそばに居よう。悲しむのならば抱き締めよう。 ―――俺は主の、゙家族゙なのだから。 [*前へ][次へ#] [戻る] |