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企画部屋
薬研藤四郎の話
―――最初の本丸は、思い出したくもないくらい酷い場所だった。
兄弟も、゙薬研藤四郎゙も何度も折れ、もう誰が何振り目か解らないと泣きながら言った兄の姿を、良く覚えている。……だから、新しい本丸では、兄弟も自分も、守らなければならないと思ったのだ。
まぁ、その必要はなかったのだけれど。その代わり、この大将を――゙姉゙を、守り抜くと決意した。

薬研藤四郎の本丸内での役職で代表的なのは、「審神者の主治医」だ。薬研と名の示す通り、彼は薬学に詳しい。自らの手で薬を調合することも多々ある。
これに加え、死織の本丸での彼の肩書きは、もちろん死織の゙弟゙だ。
今日は、そんな゙家族゙の日常をのぞいてみよう。

今日も今日とて日課は最低限。大将は出陣に着いて行き、練度の高い者は遠征へ。そのどちらでもない者達で内番を回す。なんてことのない、平和な日常。今が戦争中であることを忘れそうになるほど、この本丸は穏やかだった。
―――その平穏が、にわかに崩れ去る。
「主様の手当てを優先に――」
「燭台切は!?」
「今遠征中だ!!」
「ならば薬研を、」
「俺を呼んだかい、旦那方」
騒がしさに事態を察して治療道具を持っていけば、案の定大将は腕から出血していた。
地面に座り込んだまま、俺を見てへらりと笑う。
「圧迫はしてるんだけど、止まらなくて。うっかり深く切っちゃったらしい」
「……わかった。処置室に来てくれ、大将」
その物言いから察するに、恐らく『異能』を使ったのだろう。大将の心の傷を抉り引き起こされる事象は、見ていてとても辛い。
出陣部隊の顔色が良くなかったのはそのせいか。そんなことを考えながら赤い包帯の上からさらに包帯を巻く。気休め程度だが、ないよりはマシだろう。
そのまま大将を伴って処置室へと向かった。

「自分でやる」とか抜かしやがった大将をきれいに無視し、傷口を縫い合わせたあとガーゼを当て、包帯できつく巻いてやった。少し痛がっていたが、この際だから見ない振りをした。
「いいか大将、しばらくは傷口に触るな。『異能』を使うとかもっての他だ。出陣にも着いていくな。わかったな?」
「えー」
「わ か っ た な ?」
「ふぁい」
にっこり笑って言ってやればこくこくとうなずいた。「げんげんこあい……」とか聞こえたがそれも無視だ。
こっちの気持ちも、少しは考えてくれ。
「げんげん、」
「どうした?大将」
「みんなを守るためならば、どんな傷でも負うよ。身体も心も、そのためにあるのだから」
「―――」
そんなことを、言わないでほしい。この本丸で誰よりも強いのは大将だ。けれど、その大将を守りたいと思っているのは俺だけじゃない。なのに、そんなことを言われてしまったら。
俺達が大将のそばにいる、その意義は。
「心配を、きっとこれからもかけると思う。それでもそばにいてほしいと思うことは………俺の罪だろうか?」
「っ、そんな、こと、」
「……ありがとう、俺の゙弟゙。君にはこれからも辛い思いをさせる。他のみんなにも。でも、いまさら手離せないんだ。掴んだその手を、離すことなど出来ないんだ」
―――それは、わかりきっていることだった。
辛そうな顔で、それでも笑おうとする大将を見ていられずに、その腕の中に飛び込んだ。抱き締めてくれる温もりに、泣きそうになる。
背に負った辛い過去、想像することすらできぬその重荷を、すべて抱えてこの人は笑う。楽しげに、嬉しそうに。俺達といることが幸せなのだと、言わんばかりに。そんな人だからこそ、守りたいと心から思う。
「全部解ってるよ、大将。全部解ってる。小言はたくさんあるが、今は甘えさせてくれ」
「そのまま小言は忘れといて」
だいぶ真剣味のある声に笑った。よほど小言は嫌らしい。
俺はそのまま、満足するまで抱き付いていた。

なぁ、大将。
俺達の将であるために努力するあんたを、俺達は敬い、慕っている。
なぁ、゙姉貴゙。
俺達を守るために傷付くあんたを、いつも俺達は心配している。
だから、少しだけ。ほんの少しだけでいい。ちょっと立ち止まっちゃぁくれないだろうか。言ったところで止まりはしないだろうから、俺はこうして足止めをする。
あんたは俺達゙弟゙に甘いから。

―――生き急ぐ゙姉゙を止めるには、有効な手段だろ?


     


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