異能審神者の憂鬱 襲撃事件の後始末 その日、死織の本丸には来客があった。仕事をしていた彼女は、不思議そうに首をかしげる。 「1人は、担当さんなんだよね?」 「そうです。………如何致しますか、主君」 「うーん……………」 筆で頭をかき、死織は唸る。書類整理をしていた五虎退と報告をしに来た秋田は、心配そうに顔を見合わせる。 かたり、と死織が筆を置いた。 「ま、会ってみなきゃわからんか。秋くん、お客さんは大広間?」 「はい、そうです。それから、あの………」 言い淀んだ秋田に、死織は不思議そうな顔を向ける。意を決し、彼は主へと告げた。 「皆様が、大広間に集まっています!」 「………それ先に言おうかぁっ!」 若干顔を青ざめさせた死織は、極力声を抑えつつ叫び声を上げた。 第371号本丸。その本丸の主は異能の使い手で、出陣にも共に行く審神者だと言う―――。 実は時の政府内ではやや有名になりつつある死織はそんなことを知らず、内心だらだらと冷や汗を流しながら政府の役人と向かい合っていた。 死織の担当の役人・矢切は、心配そうに彼女へと声をかけた。 「死織さん、傷はもう大丈夫ですか?」 「あ、はい。しっかり塞がってますし、痛みもありません」 「そうですか、良かった………」 心から安堵したように息を吐く矢切に死織は少しだけ緊張を解く。しかし、いまだに内心は穏やかではない。 彼女の刀剣達は、基本的に役人はブラックだと思っている。そのため、いつ攻撃するかわかったものではない。それが、彼女が緊張している原因だった。 矢切は顔が少し強張っている死織を見て苦笑し、隣に座る男へと顔を向けた。 「では、お話を」 「………お初にお目にかかります。歴史修正主義者対策本部総取締役、水無月と申します」 「………総取締や……え?」 ぽかん、としたのち、死織は今までにないほど緊張した。 (めっさお偉いさんやないけ!!) 心の中で悲鳴を上げ、死織はぎくしゃくと頭を下げた。 「ご丁寧にどうも。こちらこそお初にお目にかかります、第371号本丸を任されております審神者の死織です。以後お見知り置きを」 よし言えた、と深く頷いた死織は、スッと目の前の机に差し出された封筒に首をかしげた。 「見舞金です。どうぞお納め下さい」 「………分厚いんですけど」 思わず、という風に言った死織は、次の瞬間すぅっと顔を蒼白にした。やっちまった、と全力で表した彼女の様子を見て、水無月は笑う。 「当然です、こちらの失態のせいでお怪我をされたのですから」 「い、いえいえ、あれはなんと言いますか、異能が暴走しかけたからああなったと言いますか………失態?」 ふと、死織は首をひねる。 彼女が怪我をしたのは、彼女が言う通り異能が暴走しかけたからで。 それが起こったのは、結界が壊されて敵刀剣が本丸内に入ってきたからで。 なぜ結界が壊されたかと言えば、異次元にあるはずの本丸の場所が特定されたからで。 その特定された、原因は………? 「え、まさか、」 「そのまさかなんです、死織さん」 矢切が心底申し訳なさそうに顔を歪ませる。そして、水無月と共に頭を下げた。 「本丸の場所が特定されたのは、うちの職員が情報を敵方に流していたからです。犯人は捕縛しましたが、今回、多大なるご迷惑をおかけし」 『本当に申し訳ありませんでした』 「………マジかよ」 呆然と、死織は呟いた。 犯人は言った。 『この前政府内で会った時、態度が悪かった。だから消してやろうと思った』 その役人は今までにもブラック本丸を生み出しており、問題視されていた。しかしなかなか手を出すことができず、水無月さん達はやきもきしていたらしい。 今回、動かぬ証拠を掴めたため、監察対象者になり捕まえることができたのだとか。 「………なんですかその、『ムカついたから殺してやろうと思った』みたいな、頭の悪い供述」 『ごもっともです』 矢切さん達はさらに深く頭を下げる。俺はため息をつき、頭痛を抑えるようにこめかみを揉んだ。 「……………頭を下げて、それで許されるとでも思っておるのか?そなたらは」 ふいにひやりと冷たい声が響いて硬直する。ぎぎっと後ろへ視線を向ければ、ルナさんが妖艶に微笑んでいた。その他の皆さんもとても良い笑顔。 ………殺る気MAXやないですか。 「ちょ、みんな、落ちつ………待て待て待て刀を抜くな!!」 必死で止めにかかる。そしたら、心底不思議そうな顔をされた。 解せぬ!! 「しかし主………」 「しかしも透かしもあるか!どうすんのこの人達斬ってみんなバラバラになっちゃったら!」 俺、そんなの絶対嫌だからね!! そう言えば、全員誉桜を咲かせた。………何がクリーンヒットしたんだ君達に。 「主が言うなら仕方がない」 「うん、とりあえず俺の顔を立てといて………。で、水無月さん達は謝罪だけですか?」 「いえ、違います」 「ですよね」 深ーく頷いた。せやな、ルナさんの言葉じゃないけど謝るだけなら誰でもできる。水無月さんがくる必要はないだろう。 それなのにここに来た。その理由は? 2人は心底楽しそうな笑みを浮かべ、水無月さんが口を開いた。 「死織さんに、犯人への罰を決めてもらおうかと」 「………はい?」 俺は首をかしげ、ぽかん、としてしまったのだった。 いや、それ、一般市民が決めていい奴じゃないやんけ???????? 『即刻死刑で』 「すみませんそれについての拒否権は」 「残念ながら、これについてはありません」 「………ハハッ」 乾いた笑いで返し、死織は頭を抱える。うーんうーんと唸り、背後に並ぶ刀達を見やって、役人達へと顔を戻した。 「死刑……………まではいかなくていいので、厳罰を。私の゙家族゙を危険に晒した罪は重いです」 「………死織さん、彼らが本当に大切なんですね」 「当たり前です。彼らは私の゙家族゙ですから」 迷いなく、淀みなく、死織は答える。それに笑って頷いて、矢切は水無月へと顔を向けた。 彼も頷き、1枚の書類を取り出す。 「では。そんな死織さんに朗報を」 「はい?」 「ここに1枚の契約書があります」 水無月が机の上を滑らせ、その「契約書」を死織の前に置く。死織は怪訝そうな顔をしつつ紙をのぞき込み。 その顔を驚愕に染めた。 「え、ちょ、」 「日課はいつも通り最低限で。他には免罪特許とブラックリストへのアクセス権、危険者リストの閲覧権。現場における監察官への指示出し許可に私共との連携願い。貴女なら、ブラック化することはないでしょうから」 「すみませんそれは侮辱に取れる部分もあると思うので撤回していただけるとあああだから君達刀を抜くな!!」 「そうですね、すみません。貴女なら、彼らの信頼を裏切ることはないでしょうから」 「………それでお願いします」 一瞬にして疲れ切った死織は呟くように答え、再度紙面を見る。それから頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。 「これ前例あるんですか?」 「ありませんね。死織さんが初です」 「担当さん、そんな朗らかに笑って言うことじゃない………」 「すみません死織さん、端末を貸していただけますか?」 「端末ですか?はいどうぞ」 死織は懐から端末を取り出すと、水無月に渡す。彼は礼を言って受け取ると、素早く画面を操作して1つ頷き、死織へと返した。 「私に直接繋がるように、私の端末の番号を入れておきました」 「………どうもありがとうございます」 もはや反応する気も失せたのか、死織は真顔で端末を受け取る。一度深いため息をつき、端末を懐に仕舞いつつ口を開いた。 「いいですよ、契約しましょう」 『ありがとうございます』 「その代わりと言っちゃあなんですが、その犯人さんに会わせてもらえませんかね?」 死織の言葉に2人は顔を見合わせ、笑顔で頷いたのだった。 「さぁて」 「……………」 「付喪神の殺気を受けた感想は?………と言っても、すでに声が出ない状態であることはわかってるんですが」 死織は犯人の役人の前で仁王立ち、にっこりと笑う。それを見た役人の額から、たらりと脂汗が流れた。 「あ、ご心配には及びませんよ。私は彼らに、『貴方を殺せ』なんて言わないので」 笑顔のまま、死織は淡々と話を進める。ふいに笑顔を消したかと思うと、低い声で告げた。 「―――よくも、俺の゙家族゙を危険に晒したな」 「……………っ!」 「貴方には厳罰が下る。私はそれで満足です。………でもまぁ、うちの゙お兄ちゃん゙達はそれじゃ満足しないので」 苦渋の決断として、貴方に呪いを1つかけることを許可しました。 酷く不機嫌そうに、死織は犯人へと言い放つ。彼はすでに顔面蒼白で、ゆるゆると首を振った。 「た、助け………っ」 「『助けて』、だって?」 燭台切が冷たい声で言い、声と同じ温度の眼差しを向けた。 「君みたいな人間が、助けを求められるわけないだろう?君はそれほどの罪を犯したのだから」 「………本当は、みんなに手を汚してほしくない。でも、けじめはつけないといけないから。だから、………覚悟した方がいいよ」 心底同情する目で、死織は犯人を見やる。その視線を遮るように、石切丸が犯人の前に立った。 「ではみんな。―――始めようか」 ふう、と息を吐き、死織は凝りをほぐすように首を回した。その隣には、顔が若干引きつった水無月と矢切の姿があった。 「………末恐ろしいですね、付喪神というのは」 「まぁ妖怪寄りの神様ですからねー。本気出したら私の手にも負えませんから」 あはは、と死織は朗らかに笑う。 ………生かさず殺さずを実行した結果、犯人は病院送りになった。彼らが呪詛を発動した瞬間、その皮膚は物凄いことになったのだった。具体的に言えばSANチェック。 それでも死織は平然とその様子を最後まで見守り、今帰路の途中である。 矢切が感心したように死織に話しかける。 「それにしても死織さん、よく平気でしたね。アレ」 「んー、まぁTRPGで鍛えましたからね。クトゥルフとかなんやかんやとかで」 それにあれくらいなら、戦場でよく見ましたからね。 しれっと死織が言った瞬間、矢切は遠い目をした。………なんか詰んだ気がする。地雷踏んだ気がすごくする。だって普通、審神者が戦場に慣れるとかなくね? 現実逃避をしたのち、矢切は恐る恐る振り返る。そこには彼女の゙兄゙達の良い笑顔があった。 …………詰 ん だ 。 「でもまぁ、担当さんもよく大丈夫でしたね。なかなか辛かったと思うんですけど」 「私達は訓練を受けておりますので……………」 「わぁ、大変ですねー。でも私、矢切さんが担当さんでよかったです」 にこりと笑顔で彼を見上げた死織を見て、刀達は少し考えるようにする。しばらくして、顔を見合わせ頷き合った。 ………どうやら、矢切は生き長らえたらしい。 ゲートの前に到着し、死織は役人2人へと振り返る。一度頭を下げて、笑顔で口を開いた。 「それじゃあ水無月さんと担当さん、また何かあったら連絡しますね」 「はい」 「いつでも連絡して下さい。お待ちしておりますので」 「あはは………仕事増やさないようにします」 苦笑を浮かべて、死織はそう言った。 これにて、襲撃事件の首謀者は捕まり、死織のVIP対応が決定したのだった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |