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異能審神者の憂鬱
過去を語り、今を愛せ
大倶利伽羅は、立ち竦んでいた。小夜が語る、死織の痛ましい過去を聞いて、完全に思考が止まってしまった。他の者達も似たり寄ったりで、短刀に至っては顔を青くして震えている。
ここまで酷いと、思っていなかった。せいぜい親に捨てられたとか、兄弟に裏切られたとかだと考えていて。それでもまだ甘かったのだと、思い知る。
なんてことを、という小さな呟きが聞こえた。そちらへ目をやれば、呆然と自分の手を見つめる江雪がいて。彼はゆっくりと、その手で顔を覆った。
「なんて、手酷い言葉を………私は……!」
深く俯いた兄を、宗三が慌てて気遣う。それでも2人とも、意識は……部屋の中に向かっていた。
小夜の声が、響く。
「だからあの人は、家族を守りたいのだと言った。家族を失うのは、一度だけでいいと言って。僕は……そんなあの人を、支えたいと思ったんだ。あの人のすぐそばで、あの人の傍らで、あの人の笑顔を、見守れるように」
大倶利伽羅の頭に、死織の笑顔が思い浮かんだ。無邪気に楽しげに、笑う顔。あの下に、どれほどの痛みと涙と絶望を、押し込んでいるのだろう。堪え切れなくなった大倶利伽羅は、部屋の障子を開け放つ。驚いたように自分を見た4人に、いつになく強い口調で言った。
「いつまで呆然としている。………俺達は、あの審神者に言わなければいけないことがあるだろう」
これまでの非礼と、これからの忠誠を。あんなにも弱く脆い、そしてこの上なく優しい心を持った審神者なら、信じてもいいはずだ。彼女なら―――自分達を愛し、慈しんでくれると。
「……そうだね。これで人間だから嫌だと意地を張れば、ただの馬鹿だ」
「私は……私は、あの方に詫びねばなりません。知らなかったとは言え、酷い言葉を、あの方に、浴びせてしまった。そんな方ではないのに。そんなことをする方では、ないのに」
ため息をつきつつ言った青江の後に、悲痛そうな江雪の声が続いた。おそらく怒気を顕わにした乱の時のことを言っているのだろう。彼が何を言ったのか、だいたい予想がつく。けれど、自分達は誰1人として、それを責められたことではない。彼が言わなくても………きっと、誰かが言っていた。
「―――あ」
全員縁側に揃い、今から言いに行くか、それとも明日行くか、そんなことを話していた時に。
彼女の声が、響いた。
戦慄した彼らの視線が、一斉に声の方角へと向く。16口分の視線を受けた死織は、驚いたように一歩下がった。困ったように笑って、口を開く。
「今、取り込み中……かな?」
「い、や………。そんなことは、ないよ」
何かな?とかろうじてしぼり出せた青江の声にほっと息を吐き、彼女はふわりと笑った。思わず息を飲んだ彼らに気付かず小走りに近寄って来た死織は、あのね、と笑顔のまま言った。
「燭さんがね、夜ご飯一緒にどうですかーって。いくらなんでも、審神者と同じ部屋にいたくないとか言わないでしょって。あ、でも、無理そうだったら別に、」
「無理じゃない。……無理じゃ、ないよ」
語気を強く言ってしまい、慌てて青江は言い直す。きょとん、と幼い顔で死織は彼を見上げて。次の瞬間、ぱぁっと満面の笑みを浮かべた。わぁい、やった!!と子供のように喜び、ぴょんぴょんと跳ねる。
大倶利伽羅はその様子を見て。無邪気に喜ぶ、彼女の姿を見て。くしゃりと顔を歪めて、その手を伸ばした。………こんなにも、彼女は素直に感情を表せるのに。
表して、くれていたのに。
「え?……きゃ、あっ!?」
腕を掴み、己へ引き寄せる。目を見開いた死織と目があって、彼は苦笑した。誰かに斬られるかもしれないとは思う。でも今、自分を抑えることなど出来ないから。
たたらを踏んで倒れそうになった審神者を、大倶利伽羅は力一杯抱き締めた。

小さく響いた悲鳴。しかし、どんだけ耳がいいんだとツッコミたくなるような速さで足音が近付く。
距離の問題か、一番始めに到着したのは山姥切だった。一瞬で状況を理解し、勢いよく抜刀する。
「大倶利伽羅、今すぐ主から離れろ。さもなければ………」
「山さん!?山さん待って、斬らないでよ!?斬っちゃダメだからね!?」
「ぬしさまから離れろ!!」
「あああめんどいの来た!!こぎさん!斬ったらもう頭撫でない!!」
続いて駆けつけた小狐丸に鋭い一撃を加え、彼はうぐっと動きを止める。死織は首だけで振り向いてそれを確認し、自分の肩に顔を埋める大倶利伽羅を見やった。
「えー、と」
「……………」
「大倶利伽羅さん、離れて下さい」
「断る」
「即答すか!?おい狐、抜くなよ?抜いたら一週間口きいてやんないからな!?……大倶利伽羅さん、安全面から考えると離れてくれるとありがたいです。てか離して」
「………(ぎゅう)」
「口で答えろ!!」
ガッと大倶利伽羅の両肩を掴み、とうとう死織は力で対抗し始めた。が、それはあっさりと終わる。
「………悪いな」
「ぐっ………!」
「わぁっ!」
同田貫が彼の脇腹に蹴りを入れ、倶利伽羅の腕の力が緩んだ瞬間に蜻蛉切が死織を引き寄せる。そのまま抱き上げて、心配そうに顔を覗き込んだ。
「主、大丈夫ですか?」
「大丈夫。しかし手荒な………でも、2人ともありがとう」
蜻蛉切に下ろしてもらい、彼女は脇腹を押さえてうずくまる大倶利伽羅のそばに近づきしゃがみ込む。それから手を伸ばして、頭を撫でた。
「大倶利伽羅さん、大丈夫ですか?」
「………っ、ああ」
「そっか、よかった」
自分の目の前で、しかも間近で微笑まれて、大倶利伽羅は無意識に手を伸ばしていた。
その頬に触れる寸前で、手を掴まれる。視線を上げれば、眉間にしわを寄せた三日月がいた。大倶利伽羅を軽く睨みながら、三日月は口を開く。
「それで?なぜ主を囲っていたか、説明してはもらえまいか?」
すぐには答えず、大倶利伽羅は死織を見る。彼女は不思議そうな顔で三日月を見上げていた。
「………審神者の過去を、聞いた」
―――――しん、と沈黙が落ちる。誰かが息を飲む音が、身じろぎする衣ずれが、やけに大きく響いた。
死織はゆっくりと大倶利伽羅を見て、一度瞬く。それを見ながら、彼は言葉を紡いだ。
「アンタは、あんな記憶を持っていて、生きづらくはないのか?過去を変えたいとは、思わなかったのか?政府の、政府の人間に、復讐したいと思った、ことは―――」
頬に、温もりが触れる。手の先を見れば、苦笑を浮かべた死織と目が合った。慈しむように頬を撫でる手を、大倶利伽羅は掴む。彼女は目を細めると、今度は優しげに笑った。
「人間って、そういうものだから。憎むことも恨むこともしないって決めた。それに、過去変えてなんになるのよ」
過去を変えたら、必ず、幸せになれる?そんなことがあり得ると思う?
死織は笑う。深く深く、諦めたように。
「絶対に幸せになれるなんて、俺は思わない。それに、俺は俺が歩んで来た道を、なかったことにはしたくない。俺が味わった幸せも絶望も、全部俺の血肉だから」
だから。自分の歴史を、否定することは許さない。歩いた道を、なかったことには絶対にしない。………いたずらに失われた命ですら、「道」を作る1つなのだから。
彼女は立ち上がる。大倶利伽羅の手を引いて立たせて、彼を見上げて笑って。手を離し、いつの間にか黙りこくっていた三日月達へと歩み寄って、くるりと振り向いた。
そこにあったのは、無邪気な笑み。
「俺は、死織。家族の死を、絶望もろとも人生に織り込んだ。もっと褒めてくれてもいいのよ?だって俺、まだ20年しか生きてないんだから」
俺、頑張ってるでしょう?
褒めて、と子供のような笑顔でねだる彼女を―――その場にいた合計23口の刀剣が、もみくちゃにした。

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