トリップ小説 完結 独眼竜が愛したもの たとえば、明け方に素振りをして、いつの間にか縁側に置かれている手拭いであったり。 たとえば、風呂に入る時に誰もこないようにしてくれる配慮であったり。 そんな小さなことが重なって、いつの間にか、その姿を目で追っていた。 「……Ha!これが、恋、って奴かね」 今も、目の前でくるくるとよく動く様を見つめていたことに気付いて、政宗は1人呟く。 最初の頃の警戒心はどこかへ行ってしまっていた。自分の右目がこの気持ちを知ったらどうするだろう。しっかりしろと説教するのか、それとも。 頭の中でぐるぐる考えながらもなお見つめ続けていれば、視線に気付いたかの人が振り返る。己を認めて、ふにゃりと相好を崩した。 「伊達ちゃん、なんか用ー?」 「いーや、なんでもねぇ」 そお?と小首をかしげる様を愛らしいと思ってしまって、これは重症だと苦笑する。 春織は取り立てて美しい訳ではない。良くて普通、悪くて平凡。体も少々丸っこい。だが、自分が抱えられないほどではないだろう。あの魔王がいつも膝の上に乗せているのだから、そこまで体重があるわけではない……と思う。 「伊達ちゃん、今失礼なこと考えなかったか?俺に対して」 握り拳を構える春織に、首と右手を横に振って答える。ふーん、と納得したのかしていないのかわからない表情で春織は拳を下ろす。とりあえず危機は去り、政宗は大きく息を吐いた。 すぐに暴力に訴えようとするこの女のどこに惹かれたのか、自分でもよくわからない。ただ、ありのままを晒すその姿を愛でたのだ、ということはわかっていた。こちらが武将や忍だからといって特別扱いなどせず、ただ1人の人間として扱った。それが時々、酷く心地良い。なにもかも忘れて、そのぬるま湯に浸りたくなる。 今ならわかる。伝説の忍が彼女を主とした訳を。彼女もまた、ありのままを愛する人種だからだ。ありのままを受け入れ、懐に抱くその様を、忍は守ろうとしたのだろうと。 「……なぁ、アンタ」 「なぁに?」 「俺のこの右目。見てみたいか?」 「……………?」 きょとん、と瞬いて、さも当然のように告げられる。 「伊達ちゃんが見せたくないなら見ない。右目があってもなくても伊達ちゃんは伊達ちゃんだよ。俺の知ってる、格好いい伊達ちゃん」 にへらと子供のように笑う。自分も笑い返した。 「そうかい。ま、いずれ見ることになる」 「ん?わけわかんない」 何々、どういうこと?と無邪気に問いかけてくる春織を、政宗は笑って見つめていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |