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2 温室
 男の手にはお菓子が。それをプラプラさせて全を釣ろうとニヤニヤ笑っている。これでも全は、Gの中でかなり知名度の高い生徒なのだ。編入生しかり、眼帯しかり。その眼帯に隠れた顔が可愛いのもまた、男たちの中で雪見並みに興味を煽るもので。

 永久たちがいないと、こうしてよからぬことを考えて声をかけてくる輩が結構いるのだ。…が。



「いらない」

『『はあっ?』』



 全はふぃ、と顔をそらし、また歩みを進めた。後ろでは男たちが文句をいっているが、他にも人がいたのが救いとなったのか、乱暴してくる様子はない。全はさらに進み、ある建物の前までやってきた。

 特別棟2。主に紙や服、文字といった能力者のための校舎。とはいっても特別な施設はなく、空き部屋をG全体の授業で使ったりすることもよくあり、他にも家庭科室、被服室、音楽室が備わっている授業用の校舎だ。

 文芸部の部室としてもよく使われているそこは普段は人の気配がなく、物静かで。全は迷わず中に入り、階段をのぼり始めた。3階建ての一番上。昨日屋上から見た温室がそこにある。ゆっくり上までのぼってきた全は3階へ辿り着き、感嘆の溜め息を思わず漏らした。



「っ…ふぁ…」

――キラキラッ



 目が輝く。そこは、別世界のようで。

 階段とその横の水道の上には蔓棚があり、いい感じに光の入った日陰を演出している。真ん中には白いテーブル。そしてこの部屋一面に咲き誇る草花たち。白、黄色、ピンク、赤。どの花も元気に可愛らしく咲いていて、なんだか心が安らいでいく。

 何よりもガラス張りのおかげで空中庭園にいるような錯覚が起き、全はふら、ふら…っと端の方へ近づいた。



「…お、外…」



 落ちそうな感覚に、全は一歩後ろへ下がる。そして足元の草花へ視線を送り、しゃがみ込んでそっと手を伸ばした。すると…、



――ゆら、ユラ…ッ

「…?」



 花が、草が揺れた。全は手を引っ込めて小首を傾げ、ジィッとその草花たちを見つめた。けれど、揺れる気配なんてなく。見間違いだったのかもしれないが、全は一々それを気にするほどまだ戻ってきていないため、そのまま興味を別の物へそらした。

 たくさんある花。名前は分からないけれど、可愛らしくて見ていて楽しくなってくる。しかし太陽の光を直接浴びるこの温室。適度に温度調節がされているため、心地いい気温が身をまとった。つまり、暖かくて眠気が襲ってきたのだ。


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あきゅろす。
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