命短し、人よ恋せよ / 慶次


ねねが、『死んだ』。
というよりは、『殺された』
という方がしっくりくるだろう。
半年前のあの日、赤い海の中に、
崩れ落ちた想い人の姿と、
手を真っ赤に染め上げた親友の姿を見た。
それからだった。
愛なんて。
恋なんて。
二度と信じるものかと、
二度とするものかと思ったのは。

そんな俺に、最近、
よく会いに来る奴がいた。
名を『稀有』と言うらしい。
ころころと表情を変えるその姿は、
遠い日のねねに重なっては消える。
稀有に会うたびに切なくて、
苦しくて、穏やかな気持ちになる
そんな自分がいた。
それは、稀有自身に惹かれているのか、
ねねに被らせてしまっているのか、
俺にはわからない。
ただわかるのは、今抱いている感情は、
昔捨てたはずの懐かしいものだと
いうことだけで。

「ねー、慶次ー。」

「んー?」

団子屋で買った団子を頬張る。
なだらかな小高い丘の上から、
京都の町並みを見下ろしていた。
俺は寝転び、稀有は座り込み。
女子独特の甘い香が、風にのって鼻につく。
白粉に染められていないその香は、
稀有を示しているかのように、
さっぱりとしていた。

「慶次の好きな人に、私って似てるの?」

一瞬、表情が強張った。
心の底を見透かされたようだ。

「……何で?」

「んー、何でと言われても……」

そう言って稀有は考え込んだ。
そんなに長い時間ではなかったろう。
稀有の唇が言葉を紡ぐ。

「何ていうんだろ…。
私はさ、慶次のことが好きだよ。」

気付いてはいたが……
あっさり伝えられた愛の告白。
稀有らしすぎて思わず
吹き出しそうだった。

「だからって、別に慶次に
恋仲になって欲しいって
言ってるわけじゃないんだ。
ただね、慶次は時々、私のことを
凄い懐かしむような目で見るの。
で、その後は必ず、
苦しそうなして笑うから。
それが、私は悲しくて、嬉しいんだ。
だって、私を見てくれるけど、
私を見てくれてるわけじゃないでしょ?」

息が、詰まりそうだ。
胸が、痛くて、苦しくて。
罪悪感で一杯だった。
それと同時に、自分をここまで
思ってくれることに、感謝した。

「だからさ、慶次の過去に
何があったかなんて知らないし、
私が知っていい様な事じゃ
ないんだろうけど、いい加減
開き直っちゃいなよ。
抱え込むことで、私に重ねて
見てる人が戻ってくるわけじゃ
ないんだからさ。」

「……そうだな。」

「そうだよ。」

「なあ、稀有。」

「んー。」

「俺は、やっぱり、ねねが好きだ。」

「ねねって言うんだ、その人。」

「確かにお前がねねに重なって見えてた。」

「……そっか。」

「お前の事は好きだけど……
ねねに抱いてた感情とは違う、と思う。」

「…だろうね。」

「だから……ごめんな。」

「ははっ、覚悟はしてたよ。」

「……ありがとう。」

「いーえ。」

それでいいんだよ、と稀有が言う。

「私がこうすることで、
慶次が前を向けるならね。」

そう言って笑う彼女の横顔は、
ねねのものとは似ても似つかなくて、
俺はその横顔が今まで見て来た
女の顔の中で、一番綺麗だと思った。



命短し、
人よ恋せよ

(それを教えてくれたのは、
他の誰でもなく、アンタだった。)


<後書き>
もっと早く気付いていれば、
お前を好きになれたのかな なんてね。




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あきゅろす。
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