ひと恋めぐり / 3Z土方



ねぇ トシ
私には 懐かしいものが沢山あるんだ
放課後の淋しい感じとか
寄り道したコンビニで買ったアイスとか
一緒に通った通学路に
夜中 こっそり家を抜け出して
会った夜の公園
雨の日の校舎の匂いに
一緒にサボって見上げた青空
私たちは まだ子供で
トシと一緒に 二人で
逃げることも出来ない子供で
…ねぇ トシ
それでもわかってほしいんだ
あなたと過ごした毎日は
私が生きていくための希望だったの








「……どういう事だよ。銀八。」

空は雲一つない青空。
朝見たニュースの占いで一位。
『今日は人生で、最も幸せな日になるでしょう』
なんて言っている、お天気お姉さんの
営業スマイルを受け流した。
ベーコンエッグの卵の黄身が二つ入ってて、
いつもは引っ掛かる踏切だって普通に通過。
遅刻ぎりぎりで滑り込んだ教室に
まだ銀八は来てなくて、
今日はとってもついている。
…の、に。
朝から胸騒ぎが絶えなかった。

「そういう日こそ気をつけなせぇ、土方さん。
絶対何かありやすぜぃ。」

そんな総悟のからかい文句を、
『馬鹿』の一言で片付け、席についた。
そんな『人生で最も幸せな日』を迎えている
俺に、銀八からの呼出しが入ったのは、
二限目を終えた時だった。
そして、冒頭の言葉を口走ることになる。

「…何度も言わせんな。」

頭が、受け入れることに
拒絶反応を起こす。
喉が震える。
逆光で、銀八の表情はよく見えない。
言うな言うなと頭が言っているのに、
口が勝手に言葉を吐き出した。

「嘘、だろ。…稀有が死んだって。」

切り出した言葉は、声は、
情けないほどに震えていた。
だって、俄かに信じろと言う方が
無理だろ?
好きな女が死んだ、なんて。

「生憎、俺は冗談が嫌いでな。」

じゅ、と煙草を灰皿に押し付ける音。
ぺたぺたと間抜けな音を立てて、
銀八が歩み寄ってくる。

「……今朝、お前の名前を呼びながら、
逝ったらしい。」

嗚呼、怨むぜお天気お姉さん。
何処が『人生で最も幸せな日』なんだよ。







その後の授業なんて、受けるはずもない。
ま、三限目は銀八の授業だ。
今頃、クラスメートの死を告げてんだろう。
一人佇む屋上。
一人分のスペースを傍らに寝転び、
大空を仰ぐ。
番井稀有は、俺と絡む唯一の女だった。
決して明るい性格ではないけど、
控え目の笑顔と優しさが俺は大好きで、
好きだ何だと語り合ったことはないけれど、
そこら辺の上辺だけの恋人達なんかよりは
ずっとお互いを理解している自身があった。

「……何でずっと話さなかったんだよ。」

銀八から告げられた事実。
稀有が心臓病を患っていたこと。
最近、ずっと学校に来ないのは
入院していたからだということ。
余命半年だと告げられていたこと。
……何があっても、俺だけには
絶対に話さないでほしいと
言われていたこと。

世界が、青に滲む。
頭の片隅で、稀有の笑顔を思い浮かべる。
このまま眠れば、また隣に
稀有がいるんじゃないかという願いと、
そんなこと、あるわけないという
現実的な思考を抱え込む。
そして、小さく名前を呼んで目を伏せた。
いなくなった思い人の
笑顔を懐かしみながら。





ひと恋めぐり
(好きな人が、出来ました。)
(一生に一度の、恋でした。)


<後書き>
ただ、好きでした。





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