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―紺 side─


…さて、現在お昼時。

何もなかったかって?Aクラス内は比較的奨学生にとっては平和な空間です。
自分を虐めている隙があるなら勉強して這い上がろうとしている生徒ばかりですから他人にさほど興味がないようです。

…クラスのヒエラルキー…その底辺辺りにいる人たちは自分を蹴落として順位を上げようとする人もいるにはいますがね。

とにかく危険なのはAクラス以下のクラス生徒と会う可能性の高い朝・昼・放課後。更に言えば食堂とかなのだが…



今日は大丈夫だろうと空き教室で奏と待ち合わせをした後で食堂…という名前の嵐の中心部に乗り出した。



























……黄色い声も集まれば罵声なんですね?鼓膜に攻撃を受けました!直撃で!


奏と視線を合わせると眉が寄っている。

自分も似たような表情を浮かべているだろう事に仕方なさげに肩をすくめた。
さて、席についてカードキーで注文…っていうのが定石なんだろうけど、奨学生にその便利と怠惰紙一重な事は通らない。

大体机についている電子メニューは法外に近い値段だ。一般家庭には辛い…美味しいだろうしそれだけの価値があるとしても。

というわけで直接厨房方面に向かって常識メニューを作って頂く為に歩く。和洋中の日替わりと他数種類の中から選ぶのは流石に自炊派の自分でも知っているので久々にお世話になることにした。

「和食の日替わりを一膳お願いします」
「…同じものを一膳、頼みます」

中から威勢のいい返事が聞こえる。
奨学生と他の生徒では調理担当すら違うらしいが、気っ風のよく男前な青年は密かに可愛い見た目の少年に人気だ。

「おぅ、紺か!久しいなぁ…隣はダチか?初めて見る顔だが」
「はい。サービスして下さいね?」

手を止める事なく話し掛けられるのに危なげないのが不思議だ…あと何人か奥にいるらしいが客の応対は一番若手の彼の担当…ということらしい。
奏は丁寧に礼をして挨拶していた。

「はじめまして。食堂は初めてですけど…料理、楽しみにしてます」
「!嬉しいねぇ、料理人の端くれならそう言われてガッカリはさせられねぇな」

青年は嬉しそうに笑って一度奥へ引っ込んでいった…その間に奏の脇を肘でつく。

「…天然のタラシだね、奏…多分さっきの言葉そのまんまみんなに伝えられてオマケどっさりだ絶対…気に入られたね」
「世話になる相手の仕事に敬意を払うのは世話を受ける側として当然だろ」

先程見せた愛想をチラとも見せずに言い切る姿はある意味潔い。

「自分もそう思ってるから無表情は止めて下さい…地味に傷つきますから」
「ならいい。本当にオマケされたとしたら紹介してくれた紺と山分けな?」

慌てて弁解すれば本当にそう思っていると伝わったのだろう、サラリと許され次には悪戯の相談のように笑いながらさりげなく気を回してくれる。


「…奏が平凡顔でよかったよ」
「喧嘩のセールですか?庶民だからセールとか言われると飛びつくぞ?」
「だってこれで顔がよかったら絶対生徒会も真っ青な天然人タラシ兵器だった」


わりと本気で言ったのにアホかという言葉で片づけられている内に料理が運ばれてきたので受け取る。
手元を見て…思わず吹き出した。

「…な?絶対オマケされると思ってた」
「…えーと、すみませんがメインが一つか二つ多くありませんか…?」

奏の手元のトレイは俺のより明らかに皿が多かった。
おれのトレイはご飯に味噌汁、鮭の塩焼きに玉子焼きとほうれん草のおひたし。そしてデザートだろう牛乳プリン。

しかし奏のものにはそれに豚カツと海藻のサラダが加わっていた。


「間違ってねぇさ、そいつらどうせ金持ちシェフがちぃと脂がどうとか虫食いがどうとかで廃棄しそうなのを俺らが美味しく化けさせただけなんだからよ!」
「自分たちは練習台ですか〜?」
「今度きっちり感想聞かせろよ!」
「それなら遠慮なく、まずは紺に毒味させた後俺も美味しく頂きます」
「奏さりげなくひどい!」


屈託ない話しぶりに三人でひとしきり笑ってから席へと向かう。













「…お前ら二人して気難しい厨房組に相当気に入られてるってぇのに気づいてんのかねぇ……まぁどっちにしろサービスは続くだろうがな」


去っていく背中越しに耳に入った言葉は、申し訳ないが聞かなかった事にする。

奏も気付いただろうが何も言わない。

向けられた好意を遠慮することなく笑顔で受け取る事が、相手から見ればまだ子供である自分たちの返礼にもなるはずだ。
そう思いながらトレイ上のメニューにないはずのプリンを指で軽く弾いた。



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*うしろまえ#

あきゅろす。
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