[携帯モード] [URL送信]

夏色の想ひ出
七年蝉
由美「孝子さん、八月になると花火大会とかのイベントがいっぱいあるのに残念だわ、ごめんなさい」

孝子「いいわよ、私には一生分の一週間だったから。お義兄さんお世話になりました」

武志「明後日お伺いしますので、ご主人によろしくお伝えください」

孝子「分かりました、お待ちしてます」

由美「奈津実ちゃん、また後でね」

奈津実「はあい、陽子ちゃんもバイバイ」

陽子「バイバイ、また遊ぼうね」

一週間分の秘密を抱えて、孝子は東京に戻って行った。

名残り惜しかったが、靖雄と和也と友也がキャンプ合宿から帰って来るので帰らなければならなかったのだ。

家に着くと、夫と子供たちが一足先に帰って来ていた。

孝子「ただいま、ごめんなさい…今、何か作るわ」

靖雄「いいよ、帰りに食べてきたから」

和也「うん、お母さんが大変だろうからって」

孝子「そう、ありがとね」

和也「それにしてもお母さんも奈津も真っ黒だよ、痛くない?」

靖雄「そう言えばそうだな」

友也「毎日、海水浴に行ってたんだろ、いいなあ」

孝子「そうよね奈津実、毎日遊んでもらったものね」

奈津実「うん、海とお友だちになったよ」

和也「海と友だちか…いいなあ…」

靖雄「何言ってる、お前たちだって川で遊んだろ」

和也「でも、合宿だからあんまり泳げなかったし」

孝子「仕方ないわよ、あなた達には勉強があるんだから」

友也「奈津だけじゃなくて、僕たちも海に連れてってよ」

靖雄「まあ、チャンスがあったらな」

友也「約束だよ」

靖雄の実家は海でも山でもないので、帰省しても祖父母に会いに行くくらいだった。

その約束が果たされるかどうかは分からないが。

子供たちは子供部屋で眠り、孝子と靖雄は夫婦の寝室で横になった。

孝子「あなた…」

言いかけて「名前で呼んでみたら」という武志の言葉を思い出した。

孝子「靖雄…さん…」

照れくさかったが、思いきり言ってみた。

靖雄「な、何だよ、お前?急にどうしたんだよ」

孝子「実は、名前で呼びあった方が仲良くなれるって由美さん達に言われたんだけど、恥ずかしいわよね…」

靖雄「そっか…、今さら仲良くってのも恥ずかしいが、新婚時は呼びあってたよな」

孝子「ええ、せめて二人だけの時だけでもいいかなって」

靖雄「そうだな、今すぐって訳にはいかないが、やってみるか」

孝子「ほんと?ねえねえ、呼んでみてよ」

女性はいくつになっても、女の子の気持ちを持ち続けているのだろう。

靖雄「ええっ?今か?」

孝子「ええ、孝子って呼んでみて」

靖雄「た、た、た、か、こ…やっぱり恥ずかしいな」

孝子「なあに靖雄さん♪うふふ」

その後は、お決まりの合体が待っていた。

靖雄「お前…いや、孝子はいつもより燃えていたんじゃないのか」

孝子「だって、している時も名前で呼ばれたから…靖雄さんだけの私、私だけの靖雄さんて思ったらいつもより感じちゃったの」

靖雄「へえ、女ってそうゆうところがあるんだ…再発見だな」

孝子「だからって、他の女の人には呼ばせないでよ」

靖雄「そ、そんな事ある訳ないだろ…それより、由美さんの旦那さん、七年も待ってたんだろ?すごいよな」

孝子「あなたは待ってくれるかしら、私を?」

靖雄「恋人で付き合ってるならまだしも、七年は無理だろうな…」

孝子「そうよね、ドラマじゃないんだしね…」

靖雄「まるで七年蝉だな」

孝子「七年蝉って?」

靖雄「蝉は七日間で交尾の相手を探して命を繋いで行くんだけど、幼虫は土の中で七年待ってるんだ。九年の種類もいるけどな」

孝子「そうなの?凄いけれどかわいそうね」

靖雄「まあ、外敵に襲われないためなんだろうけどな」

孝子「そうか、命を繋いで行くって大変なのね」

その夜は、手を繋ぎながら眠る孝子と靖雄だったが、孝子の体は物足りなさを感じていた。





由美と武志は陽子の転校の手続きなどに走り回った。

何枚かの書類を持って東京のマンションに戻った由美は、武志に初めて抱かれた部屋で武志の口づけを受けていた。

由美「とうとう、この部屋ともお別れね…名残り惜しいわね」

武志「由美さんと陽子ちゃんの思い出ですからね」

由美「ええ、でも、前に進むためには仕方のない事ですけれど…」

由美と武志は、引っ越し業者に運んでもらう物と処分してもらう物を打ち合わせしてから、陽子の通う小学校を訪ねた。

先生「そう、突然のお話で驚きましたが、陽子ちゃんにパパが出来るんですから嬉しい事ですよね、よかったったわね陽子ちゃん」

陽子「うん、お友達と離れるのは寂しいけど、パパがやさしくしてくれるからいいよ」

先生「そうね、陽子ちゃん、頑張ってね。お母さん、書類は揃えてありますので」

由美「ご面倒をおかけしてすみません、ありがとうございます」

武志「陽子ちゃん、登校日にあいさつできますか?」

陽子「うん、ちゃんとやる」

武志「えらいなあ、頑張ってくださいね」

由美「では先生、いろいろとありがとうございました。失礼致します」

転校の手続きの書類を受け取り、小学校を後にした。

登校日はお盆過ぎに設けられていて、40日近くの夏休み中の安全確認みたいなものだった。

学校の次は、不動産会社で転売してもらうようにお願いしていた。

その夜、由美たちは孝子達の部屋を訪れていた。

靖雄「いやあ、先日はうちの奴がご厄介になってすみませんでしたなあ」

10歳以上も年上で、しかも50歳手前で部長になった靖雄は横柄な態度だった。

妻を私物としか見ていない男のありがちな事だったが。

由美はこれまでも、孝子にそれとなく注意するよう言ってきたが、孝子も言い出せないでいたのだ。

孝子「あなた、いくら何でもうちの奴はひどすぎるんじゃの?先日も名前で呼びあうって話したばかりなのに…」

武志という強い味方が居てくれるので、孝子は攻勢に出てしまった。

武志「まあまあ、子供の前ではやめておきましょう、ねっ孝子さん。旦那さんも悪気があった訳ではないでしょうから」

孝子「はい…」

もっと強い言葉で味方してくれるだろうと思っていた孝子は、拍子抜けしていた。

靖雄「いや、お前の…孝子の言う通りだ、私が悪かったこの通りだ、許してくれ」

靖雄は子供達の前で孝子に頭を下げた。

孝子は武志の顔を見た。

武志は小さく頷き孝子に微笑みかえしていた。

孝子「あなた、子供たちも見ているからやめてください。
私も至らないところがありますから…」

由美「長年一緒に居ますと時には見失う事もありますわ」

孝子「はい」

武志「夫婦喧嘩や言いあいも起爆剤じゃなく清涼剤ならいいんじゃないですか」

靖雄「分かりました、気をつけて大事にして行きます」

靖雄は思わぬ孝子の態度で自分の落ち度に気付いたのだった。

武志「ところで、和也くんと友也くんでしたっけ?今度の登校日が最後になりますが、陽子ちゃんをよろしくお願いします」

和也「はい、分かりました」

友也「僕も!マーカーせなさい!それよりさ、僕たちも海に行きたいな」

武志「あはは、それはお父さんお母さんにお願いしてください。おじさんは構いませんけどね」

友也「やったあ〜!ねっ、いいでしょ?」

靖雄「ああ、お母さんと相談しとくよ」

孝子は武志と由美に小さく頭を下げていた。

二つの家族のそれぞれの想いが、新しい時間(とき)を刻み始めていた。


第三話に続く

[*前へ]

11/11ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!