夏色の想ひ出
海と遊ぶ
武志「よお、健太!ここは子供は遊泳禁止なんだから気をつけて遊べよ」
健太「あいよ、あれ?武おじさんが女の人を連れてるなんて珍しいじゃん、かどわかしてきたのか、あはは」
小学五年生の木村健太は登校班の班長で、面倒みがよくてみんなの中心的存在だった。
海に突き出た防波堤の先端が灯台になっていて、高さ5mのコンクリート台は子供達の格好の遊び場になっていた。
健太の他に小五の川井智子、小四の大田祐輔と山田明美と塚山幸子、小三の川井康汰と木村有紀が居て、思いおもいに飛び込んだり泳いだりして遊んでいた。
登校班には他に小二の八木かなえとのぞみ(双子)、小一の大田雄太と原山浩が居るが、大人が居ないので連れて来ていなかった。
武志「智子、生えてきたか」
智子「武おじさんのエッチ!ぶん殴るわよ!!」
武志「あははは、ケガすんなよ」
健太「武おじさんは何しに来たんだよ?」
武志「魚釣り、それとサザエをもらいにな」
健太「ふうん、で、誰?」
健太と智子が陽子と奈津実の側に近寄ってきた。
武志「こっちのかわいい子が陽子ちゃんで、こっちのかわいい子が奈津実ちゃん」
智子「かっわいい♪」
智子は早速お姉ちゃんぶりを発揮して二人の頭を撫でていた。
武志「健太、智子、二学期から陽子ちゃんを頼むぞ」
健太「なに?どういう事?」
智子「バカね、引っ越して来るのよ、だから同じ学校に通うの、そうよね?」
武志「ああ、仲良くしてやってくれよな」
由美「健太くんに智子さん?よろしくお願いするわね」
健太「あ、はい…」
智子「何照れてるのよ、やらしいわね、おばさん、こちらこそよろしくです」
由美「わたしは由美、みんな可愛いわね、うふっ」
由美は健太と智子の頭を撫でてやった。
健太「おじさん、こっちの子は?」
武志「奈津実ちゃんは、陽子ちゃんのお友だちだよ」
健太「ふうん」
子供たちが陽子と奈津実を取り囲んで、どこから来たのとか何年生とか聞いていた。
健太「行くぞ〜」
健太の号令で次々に飛び込んでは、帽子に海水を汲んできて陽子と奈津実に掛けてくれた。
陽子「ありがと」
奈津実「ありがと」
こんなところで泳げない二人にはありがたい海水のプレゼントだった。
由美「みんな、いい子達ね」
孝子「そうね、それに新しい門出も祝ってもらったしね」
由美「ほんと、こんなに歓迎してもらえるなんて思いもしなかったわ。きゃ〜っ」
健太達は由美と孝子にも掛けてくれたのだ。
孝子「やったな〜、待て〜」
孝子は子供達を捕まえると、次々に海に放りこんでいた。
海水浴場で見ず知らずの人同士がこんな事をできるはずもないが、この場所では自然の光景だった。
康汰「おばさん、僕も投げてよ〜」
明美「私も〜」
しまいには、放りこんでほしいと孝子に群がってくる始末だった。
陽子「ママ、陽子もできるようになる?」
由美「そうね、陽子がやりたいから頑張るならできるようになるわよ」
陽子「うん」
武志「みんなもはじめからできた訳じゃないんだよ、でもちっちゃい時から海で遊んでたからね」
陽子「うん、陽子も泳ぎたいな」
武志「怖くないのかな?」
陽子「だって、みんなも泳いでるよ」
武志「よし、わかりました」
武志は陽子を抱き上げて浮き輪を持って、岩場を伝って海に入っていった。
深い海に巨岩を積み上げて、歩き易いように上だけがコンクリートで固めてあるだけなので、海に入るまでは巨岩を伝っていくのだ。
踏み外すと大変な事になるので慎重だった。
陽子は親譲りなのか水を怖がらなかった。
由美も足がつかなくても浮き輪などの掴まるものがあれば平気だった。
陽子の体が海水に浸かると浮き輪に掴まらせた。
陽子は水中で足を動かしていた。
武志「陽子ちゃん、水が怖くなければすぐに泳げるようになるよ」
陽子「ほんと?」
武志「はい、でも海や川は怖いからね、気をつけないとダメだよ」
陽子「うん、気をつける」
足をばたつかせると体が進む事に興味をもったようで、夢中でばたつかせていた。
健太「すごいなこの子、海育ちじゃないだろ」
武志「ああ、昨日ちょっと海水浴場で遊んだだけで海に入るのは今年が初めてだよ」
陽子に興味を持った健太は、愉しそうに海と遊ぶ陽子に感心していた。
健太「あとは体力だな」
健太の言う通り、スクールで鍛えた訳じゃないので、ばた足だけでも疲れが見えた。
武志「疲れたでしょ?ちょっと休もうね」
陽子「うん」
武志に抱えられて由美の元に戻ってきた。
武志「奈津実ちゃんはどお」
奈津実「私、怖い」
武志「じゃあ、あとで海水浴場で遊ぼうね」
奈津実「うん、遊ぶ」
奈津実はまだ水浴び程度しか出来なくても陽子と同じで水を怖がらない子だったが、底の見えない海を怖がった。
由美「すごいわね陽子、ちゃんと泳げていたわよ」
孝子「ほんと、すごいなあ」
陽子「でも、疲れちゃった」
由美「みんなみたいには行かないわよ」
智子「疲れちゃった?でもやるじゃない。私なんて怖くて足も浸けられなかったんだから」
由美「智子ちゃんでもそうなの?あんなに泳げるのに?」
智子「ええ、武おじさんに何度も沈められたわ」
由美「ひどい…」
智子「陽子ちゃん、海は怖いところよ、溺れちゃうと死んじゃうしね。でも武おじさんは海と友達になれって教えてくれたの。美味しいお魚もくれるって」
陽子「陽子も友達になる」
奈津実「私もなりたい」
武志「焦らなくても、もう友達になってるよ。今だって、遊んでくれたでしょ」
陽子「うん」
奈津実「うん」
その後、健太達は海水浴場の浅瀬で陽子達にばた足の練習をさせていた。
孝子「東京だとスクールに行かなきゃだけど、ここじゃみんなが先生だね」
由美「そうね、やさしい子達でよかったわ」
健太「おばさん達にも教えてやるよ」
健太は由美の手を持って、ばた足を教えていた。
武志「智子、魚買いに行くから付き合え」
智子「はいはい」
海水浴場の近くに観光客相手の魚市場があって、そこで鯖や鯛なども焼いて売っているところがあった。
武志と智子は両手に持ちきれないほどの焼き鯖を買ってきた。
居酒屋みたいに捌いてきれいに骨を取ったものではなく、一匹丸ごと焼いたものだ。
子供達はすぐにかぶりついたが、陽子や奈津実は食べ方すら分からなかった。
健太と智子が身をほぐして骨を取って食べやすくしてくれた。
陽子「おにいちゃん、ありがとう」
奈津実「おねえちゃん、ありがとう」
食卓で食べるより、ずっと美味しかった。
陽子「美味しい」
奈津実「うん、美味しい」
由美「陽子、奈津実ちゃん、こういう時はうまい!って言うのよ」
陽子「うま〜い!」
奈津実「うま─い!」
孝子「いいの?野獣になるんじゃない?」
由美「そんな事はないわよ。でも、それくらいでないと生きていけないわよ」
孝子「それもそうね」
健太「じゃあ、オレ達帰るから」
智子「武おじさん、ごちそうさま、陽子ちゃん達もバイバイね」
子供達は手を振りながら帰っていった。
由美たちも帰りに食材を買って帰った。
台所に立つ二人の女性。
武志「そうやっていると、まるで姉妹ですね」
孝子「そう、よかったわ、母娘と言われなくて、うふっ」
由美「なに言ってるのよ、孝子さんだってまだまだ若いわよ」
孝子「それって、由美さんも若いって言ってるんじゃないの、もう…」
由美「それもそうね、うふ」
口は止まらないが、手も同時に動いていた。
さすがに長年、主婦をしていただけの事はあった。
続く
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