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夏色の想ひ出
悪夢という現実
由美が東京に戻ってから三日目の夜。

由美「もしもし?」

愛しい彼に電話した。

武志「もしもし、もしもし、由美さん?」

愛しい彼の声が返ってきた。

由美「………」

電話機を握りしめて胸に押し当てた。

武志「もしもし?由美さんでしょ?」

彼は何度も名前を呼んでくれていた。

由美「……もしもし……」

武志「よかったぁ、切られるかと心配しましたよ」

由美「その……お返事が遅れてごめんなさい……」

武志「いいですよ、いつまでも待ってますから」

由美「本当にごめんなさい」

それだけ言うと電話を切ってしまった。

内心、彼から掛かってくる事を期待したが着信音は鳴らなかった。

由美(彼はほんとに待っていてくれるんだわ…)

逢えない時間が二人の愛を育てるのか、はたまた二人を変えてしまうのか…



翌日から精力的に動いた。

浩二の死亡保険金を請求したり、示談交渉の打ち合わせで法律事務所に行ったりとやるべき事は山ほどあった。

区役所も何度も足を運んだ。

唯一の救いが浩二の銀行預金を、凍結される前に武志が由美の口座に移し変えていてくれた事だった。

口座を凍結されると解除してもらうのに莫大な手間隙が掛かるのだ。
葬儀屋と病院の支払いも何とか済ませる事が出来た。

瞬く間に日は過ぎ去っていった。
一日過ぎる度に、彼が遠くに行ってしまう気がしていた。

そんなある日の午後、浩二の上司だった佐々本部長が手を合わせに来た。

佐々本「奥さん、何でも相談してくださいよ。会社のために一生懸命尽くしてくれた浩二くんのためにも力になりますから」

佐々本はやさしい眼差しで由美を見据えていた。

由美「ほんとにありがとうございます、冷たいものでもお飲みください」

佐々本の前に麦茶を差し出した。

佐々本「奥さん!」

由美「あっ、何をなさるんですか?離してください」

突然、手首を掴まれて抱き竦められた。

由美「いやあ─、離して…離してください!誰か…」

しかし、助けてくれる人が現れるはずもなかった。

唇に近づいてきた口を振りきるように頭を振ると、首筋に吸い付いてきた。
まるで、戦利品に印をつけるが如く強く吸い付いていた。

由美「やっ、気持ち悪いから放れてえ!ヤダッ、やめてください、いやあぁ〜〜」

しかし、一度吸い付いたヒルは簡単には剥がれなかった。

吸われている所がみるみる熱を帯びてきた。

由美「やだあ──っ!!

渾身の力で突き飛ばした。

佐々本が怯んだ隙に必死に玄関に向かったが手前で捕まってしまった。

佐々本「大人しくしなさいよ奥さん、これからは私が面倒見てあげますから。悪いようにはしませんよ」

由美「な、何を言ってるんですか!充分悪いようにしているじゃありませんか!離してください!!」

大人しくなったらおもちゃにされる…その思いだけで出来るだけ抵抗しようと思った。

女性の体力がいつまで持つかは解らなかったが。

手足をばたつかせて床をドンドン鳴らした。

きっと誰かが気がついてくれる…その一心だった。

それでも馬乗りになった佐々本は、胸のボタンを外して乳房を揉みスカートを捲りあげてお尻を撫でまわした。

由美「部長さん、それ以上するなら、わたし、舌を噛んで死にます!」

佐々本の前に舌をつき出して歯を立てた。

佐々本「ふん、出来る訳ないだろ、やれるものならやればいいさ」

その言葉が終わると同時に舌の端に当てた八重歯に力を込めた。

ほんの少しだが舌が切れて鮮血が流れた。
それが唇から流れて頬を伝った。

さすがの佐々本もたじろいでしまった。

ピンポンピンポンピンポン

その時、チャイムが連打された。

由美「助けて、殺される」

佐々本を跳ね退けてインターホンに飛びついて叫んだ。

ドアを開けて孝子が入ってきた。

孝子「由美さん大丈夫?何があったの?」

散乱する椅子やテーブル、剥ぎ取られそうな衣服、口許の血を見て何があったか判断した孝子は、目の前の男の顎を蹴りあげ腹を踏みつけた。

佐々本は腹を押さえて転げていた。

孝子「怖かったでしょ?もう大丈夫よ」

由美「あ、ありがとうございます…おかげで、助かりました」

孝子「誰、こいつ?」

由美「浩二さんの部長さん」

孝子「こんな奴にさんなんか付ける必要なし!」

佐々本の腹をもう一発蹴りこんだ。

孝子「ところでどうする、こいつ?警察呼ぼうか?」

警察と聞いて佐々本は震え上がった。
こんな醜態が世間に知れたらどうなるか…自分の保身だけを考えていた。

由美「そうね、刑務所に入って反省してもらいましょ」

佐々本は、刑務所まで聞いてますます萎縮していった。

佐々本「わ、悪かった、謝るから、警察だけは、勘弁してくれ〜、頼む、この通りだ、何でも言う事を聞くから許してくれ」

佐々本は手を合わせて頭を下げながら、体は玄関に向かっていた。

孝子「ふざけるな!何、逃げようとしてんだよ、蹴り殺すよ」

孝子は頭に向けて蹴りあげる真似をした。

佐々本「ひっ」

佐々本は両手でガードしながら震え上がった。

由美「孝子さん、こんな人殺しても仕方ないわよ。警察を呼んでくださる?」

結局佐々本は婦女暴行未遂と傷害、住居不法侵入で警察に連れて行かれた。

由美と孝子も別室で事情を聞かれた。



由美「孝子さんてお強いんですね、驚きました…」

孝子「いやあ、昔、やんちゃやってたもんだから…恥ずかしいわ」

由美「でも、そのおかげで助かったんですから…感謝致します」

孝子「ところで傷は大丈夫?殴られたの?」

口許の血のりを指で拭われてから舌で舐められた。

由美「あっ……」

孝子の舌が唇に触れた瞬間、由美の体はピクンと反応してしまった。

孝子は気付かないふりをして背中を擦ってくれた。
女の弱味につけ込んで女体を貪るゲスな男のように思えたのだ。

孝子「これから裁判とかなったら呼び出されるかな…そうなったら嫌よね」

由美「そうね、気が重くなるわね…でも、部長さんのような卑劣な人は許しておけないわ…」

孝子「うん、そうだよね、あんな女の敵は徹底的に懲らしめてもらわないとね」

二人は部屋の片付けをしながら女子トークに花を咲かせていた。

一人になって、今日の出来事を武志に言おうかどうしようか悩んだが、結局電話できなかった。

電話すれば彼が駆けつけて来てくれる…その確信はあったが、首筋の吸われた痕を見られたくないという思いがあった。

たとえ未遂でも、性犯罪は女性の心に深い傷跡を残すものなのだ。


続く

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あきゅろす。
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