C 小さな一室に、四人の男女が向かい合って座っていた。 一方には尚子と俊也。もう一方には、桂と、それから桂の馴染みの芸妓であるらしい幾松という女性だった。 俊也が、尚子をここに置く事を桂に説得していたのだ。それを尚子は、後ろからただぼんやりと眺めている。 「まあ、そうだね。このような、まだうら若い女子を、みぶろに預けておくのがいたたまれぬ――という君の気持ちは、確かによく分か……」 「新、選、組!」 それまでぼんやりと聞き流していたはずの尚子だったが、みぶろ、の単語が耳に入った途端、カッと頭に血が昇るのを感じた。 そして気付いた時には、既にそう吠えていた。 桂に続き、俊也までもが盛大な溜息をついた。 「……しかしね、ずっとこの調子だろう。この子、本当に信用できるのかい」 「大丈夫です」 と、しかし、俊也は即答した。 「こいつは、大丈夫です」 再び付け加えて、俊也はキリリと口を結んだ。その真剣な顔に、桂も思わず黙ってしまう。 「こいつには、奴らを――新選組を守るという、強い意志があるんです。その為にも、我々の情報をあちらに売るなんて馬鹿な真似は、絶対にしないですよ」 「……そこの所のつじつまが、僕にはイマイチ理解し難いんだがね……」 それはつまり、と言って、俊也は一旦言葉を切った。ふと尚子に視線送ったが、再び口を開いた。 「こいつの敵は、おれ達じゃないって事なんです。おれ達を敵に回してる暇なんて、ないはずなんです。こいつが相手にしなきゃなんないのは、もっと、ずっと上の奴ら……」 「上の奴らって、どういう意味だい?」 「新選組の命運や、この日本の歴史をも左右できるような、雲客の者たち……。って、ことです」 「雲客ねぇ」 そして、その者たちとは、『のちの』桂でもあるのだという事を、俊也は確信していた。 ふむ、と考え込んでしまった桂に再び向き直ると、俊也はそこで一呼吸置き、そして言った。 「何があろうと、こいつの行動の一切の責任は、おれが負いますから」 しん、と室内が静まり返るようだった。 尚子は驚いて俊也を見上げていた。 しかしそれにしても、なぜここまでして俊也は自分を傍に置こうとするのか、尚子には未だに解せなかった。 これまで、土方や、あるいは新選組の者たちは、自分を遠ざけることはあっても、傍に居ろと言ってくれる者はなかなか居なかったように思う。 だから尚子は、自ら必死になって彼等を追い掛ける必要があったのだ。その為に剣術の稽古を積んだし、人だって斬った。 なのに、こいつは――。 暫時の間を置いて、最初に口を切ったのは幾松だった。 「桂はん、ええんやないですか。安積はんには、いっつも、ええようにしてもらってますしなぁ」 「……」 ますます眉間の皺を増やした桂だったが、 「半田くん、本当に君を信用して良いのか? 我々の情報を、幕府側に売らぬと。新選組に持ち帰らぬと」 はいと言えと、俊也が眼光を飛ばしてくる。が、答えられずにいると、 「はい。決してそのようなことは」 と、俊也が代わって答えたらしかった。 「それにこいつ、もう新選組の屯所には戻れないんです。そうだな?」 今度こそうんと言え。そういう目線に、尚子は、渋々ではあったが、小さく頷いた。 「……戻ったら私は……たぶん、切腹……」 「あい分かった」 ポン、と膝を打つと、桂は、今度は俊也に顔を向けた。 「では、半田くんが怪しい行動をとったときは、安積くん、きみに処分してもらうからね。その条件下であれば、この子を傍に置く事を、認めよう」 途端、尚子の後頭部に俊也の手が回った。そして次の瞬間、気づくと、尚子は俊也と共に、畳に頭がつくほどまでに深いお辞儀の姿勢をとらされていた。 「ありがとうございます……っ!」 「うん、こんなうら若い女子を割腹させる訳にはいかないからね。ああ、これからも安積くんにはたくさん働いてもらうよ。それからもちろん、半田くんにも手伝ってもらおう」 「心得てございます!」 よかったわぁ、と幾松の明るい声が響いた。桂は、俊也に向ってうむ、と頷くと、立ち上がり、言った。 「では……半田くん。少しふたりで話してみないかい?」 [前へ][次へ] [戻る] |