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蟻地獄に立っている 幸柳


 もう日差しがきつくなって来た。

初夏の陽に照らされた病院は珍妙な白い箱にしか見えない。

あんなにちっぽけな所に精市はいるのか。
 
 彼が倒れたのは去年の十二月。

それから毎日俺は見舞いを欠かしたことが無い。

今日は彼の好きなゼリーを買ってきた。

きっと喜ぶ。俺は足早に精市の部屋へと急いだ。


 病室の前に着くと既にドアは開かれていた。

「俺が来るのが解ったのか」

ベッドに腰掛け此方を向いている彼に問うた。

「うん。愛するが故の勘だね」

ゆったりと口角を持ち上げた。

「嘘付け」

笑いながら悪態を付く。

「また窓から見ていた確率九十一パーセント」

精市はぱちぱちと瞬きし

「今日のお土産は何」

「突然話を変えるな」

俺から素早く袋を奪い中を覗く。

「いいじゃない、あ、ゼリー。早く食べよーよーねえはーやーくー」

「解ったからそんなにネクタイを引っ張るな。絞め殺す気か」

ぎゅうぎゅうと引っ張られ首が絞まる。

ネクタイとこいつに絞殺される。

本当に息が苦しかった。洒落にならない。

粗末なパイプ椅子に座る。

「いいねそれ」

うふふと精市は満足げに笑う。

とどのつまり主導権を握っているのは彼なのだ。

まだ首にネクタイの感覚が残っている。

「ゼリー食べさせて」

 

 一口一口匙で掬って口に入れさせてやる。

「もっと頂戴、もっと」

もごもごと口を動かしながら強請る。

その彼の前には空になったゼリー容器が二つ。

「三個も食べるのか、幾らなんでも食い過ぎだろう」

精市は幼子のように頬に空気をほお張り、むくれた。

俺は大げさに溜息をついた。

「お前は何歳児だ」

「わかった。解りました。俺は十四歳だからわがままをいいませんよー」

「まだむくれてるだろう」

精市が俺を睨む、が直ぐにそれを解き、両手を広げた。

「抱っこして」


 精市のベットの上に座り足の間に彼を座らせ後ろから抱きしめた。

「蓮二俺ね今日ずっと空を見てたんだ。んでふと思い出したんだけど、よく歌詞に同じ空の下繋がってるとかあるじゃん」

彼は取り留めなく話し出した。

その春風のような声音だけは以前と変わりない。

「それでね俺思ったんだ。俺は一人なんだなあって」

彼が顔を伏せた。反対に俺は窓の外を見やった。

「だってさ空は繋がってるけど俺は誰とも繋がってないもの。一人この部屋で暮らしている。それは代わらない事実でしょう。俺はいつも一人。そうでしょう」

不意に彼が腕の中で身を翻した。

彼の細く白い腕が俺の首にまわる。

一瞬絞め殺されるかと錯覚した。

錯覚のはずの痛みが首に舞い降りる。

「ひとりは寂しいよ蓮二」

俺は彼をもっと強く抱いた。

「こうして抱き合っている時もお前は独りなのか」

「うん」

「何故」

「だって俺たちはふたつでひとつの番みたいなものじゃない。一緒にいたって2にはならない。1なんだ。俺独りでも二人一緒でも独りに変わりはないんだよ」

戸外の空はもうすっかり暗くなり雲は重く厚かった。

にわか雨の寸前の模様。

「好きだよ蓮二」

彼が俺の胸に顔を埋めた。

俺はそれに答えるようにまわした腕に力を込める。

「ああ、俺もだ」

俺たちはそれから何度も唇をあわせた。


 やはり雨が降ってきた。

電気をつけていない此処は暗い。

雨音が耳に痛かった。

 この、胸を抉るような、じくじくするような痛みを、人々は恋と呼ぶのだろうか。


 随分強く絞められていたのだな、まだあのネクタイの感触が消えない。

首を捻ると、千の針が地に向かって降り注いでいた。


 雨はそれから二日間止まなかった。





___________
ゆっきーの療養中捏造。

ゼリー食うくだりがなんか卑猥。
意図せずしてエロチックになってしまった。

蓮ニさんの恋ははたして本物なのだろうかねっていう話。


20090301 オノ




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あきゅろす。
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