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僕の脆弱 塚不二


 朝の凛とした空気を纏って君が居る、ただそれだけに僕の胸に明りは灯る。

「手塚」
 
 叫べば振り返る鉄面皮に、どうしようもないくらいの愛しさが込み上げた。僕はそれを押し出すようにしっかりと土を踏みしめ、駆け寄る。

「おはよう、手塚。いつものことながら早いね」
「おはよう不二。それをいうならお前こそ早いのではないか」
 
 僕を認識した途端、彼の顔が綻ぶのは、僕が彼の一番の理解者だから。僕と手塚は親友でも友達でも、ましてや恋人でもない。親友なら大石や副会長がいるし、部活動のパートナーと言えばやはり大石と乾がいる。恋人は、僕の希望的観測ではいない。
 僕はこの中のどのポジションにも属さない。でも多分、今名前を挙げた奴らより、僕のほうが彼のことを多く知っていると思う。彼の苦悩や迷い、痛みを分け合って来たのは僕だからだ。そういう意味で、僕は手塚に一番近しい。



「ねえ、土曜日空いてるかい?もし空いてるようなら少し打たない?」
「ああ、いいな。丁度その日は何も無い。それなら、打ち合いを終えた後、俺の家へ来ないか。お前が見逃したと言っていた××対○○の試合のビデオを借りたんだ。」 

 僕が部室でぽろっと「見逃して悔しかった」と零したのを、君は覚えていてくれたんだね。

「え、本当に!嬉しいな。是非是非お呼ばれするよ。君のお母さんの作るお味噌汁美味しかったし、もう一度飲みたい」

 ははんといった感じに僕を流し見る。

「お前は食い物めあてか」

「ちょっとため息吐かないでよ。それじゃあまるでテニスじゃなくて味噌汁だけを目当てに、君の家へ行くみたいじゃないか」
「何か違うのか」

「何か違うって・・・・・。確かに味噌汁も楽しみだけど、僕の来宅の目的は君とビデオなんだって」

「相違ないじゃないか。主な目的は味噌汁だろう。食い意地の張ったやつめ」
「だから、手塚ってば、もう一度よく僕の話を聞こう、ね」

「わかったわかった」

メガネを手のひら全体を使って直す、その仕草は彼が笑ってることを隠しているサインだ。

「あ、そうやってはぐらかすつもりなんだ、その手にはもう乗らないっと」
「不二部室に着いたぞ、早く着替えろ」
「ちょっとまだ話は終わってな」
「遅れたらグランド20周な」
「ちょちょっと待ってよ」

釘を刺すのを忘れず、彼は部室へするりと入ってしまった。

 彼の背中を見ながら、僕は来たる土曜日の幸せを噛み締めていた。



 手塚は、家族以外で自分の部屋に人を入れるのはお前が初めてだと、最初に家に招いてくれた時に言っていた。親友である大石も、信頼を置いている他の仲間も入れたことの無い彼の部屋に自分は居る。嬉しさに眩暈がした、これは1年の6月のこと。初めて彼の部屋に泊まったのは1年の7月のこと。一緒に宿題をして、一晩中語り合った。テニスのこと、成績のこと、友達のこと、互いの趣味のことなんかをだらだらと喋り続けた。翌朝、口が妙にだるくて、責任を互いに擦り付け合った。思えばその頃から、僕は手塚に好意を抱いていたのかもしれない。
 1年の9月のこと、僕のその淡い好意は異常で或ることに気づいた。

 男が男を好きになる。それは中学と言う小さな社会のなかであっても、はっきりと判るくらい、線引きを強烈に逸していた。そして同時に気がついたのは、僕の好意は決して実を結ばないということ。世間一般的に考えれば男が男を好きになるなんてありえない、いやあってはならないことなんだ。大抵の男は生理的嫌悪をもよおし、すたこらと逃げていくことだろう。ましてや相手は手塚国光。道徳が服を着て歩いているようなやつなのだから、彼も大抵の男以上のそれだろう。成功の可能性はきっと2%にも満たない。



 僕は部室のベンチに半裸の状態で座り込みながら、どうしても立つことができなかった。譚心へずるずる沈み込む己の心を、浮上させることができないでいた。
 どこまでいっても、どこまで落ちたとしても、僕は徒労で終わってしまう。

「不二、何してる。もう柔軟が始まるぞ。本当に走らされたいか」

「ごめん、ぼうっとしてて今行くね。」




 君の傍に、君の一番近くに居られればそれだけでいい。なんて三流メロドラマチックの陳腐な台詞を染み込ませて僕は笑った。こうすればこの距離を保てる、彼の一番の理解者で居られる。これこそが僕の幸せなんだ。

「大丈夫か、かなり虚ろだぞ。熱でもあるのか」

 僕とはちがうゴツゴツした掌を僕の額にあてた。熱はないなと一人呟きながら僕の腕をとってコートへと促す。

「お前以外に俺の練習相手はいないからな。早く来てもらわんと困る」

 なんともない顔でさらりと言いのけた。自分の心音が大きく跳ねたのが判る。



 ああ、ああ。

 この、柔らかく、淡い気持ちを彼には知られたくないのに、彼はなんて残酷なんだろう。胸を掻き毟りたくなる。

 「僕が誰にも打ち明けなければ、僕がこの気持ちを飲み込んでしまえば、僕が、僕が、」

心を掻き乱すこの自己犠牲意識こそ、僕の最たる恋であるらしかった。













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