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モンロー効果
心晴れて 夜も明けて
 野島隆の愛用する携帯電話はふた昔ほども前の、通称ガラパゴスケータイという物だ。
隆と真里のまともな会話は、そんな携帯メールでのやりとりが最初となった。

「どうも。アドありがとう」

なんと入力すればいいのやら、話してみたい事は沢山あったというのに、心とは裏腹に手のひらの上の携帯電話は震え、指はいつまでも行ったり来たりを繰り返していた。

 送信ボタンを押す事一時間と少し。
授業の終わりのチャイムを聴くが早いか隆が新着メールを問い合わせると、可愛らしいキャラクターのイラストが1件のメールを運ぶイラストが目に入った。

「こちらこそ。まさかまだパカパカを使っている人がいるなんて思わなかったからちょっと面白かったよ」

masatoと名前の入ったメールアドレスから送信されたその文字の羅列は、なるほどその人自身の性格が良く出る。
改行のあまりないその一文を指でなぞると、隆はしばし思案した。

(パカパカって、なんの事だろうか)

 その日の隆は、授業が終われば携帯電話をチェックしていたもので、教師一同クラスメイトまでもが、問題児に逆戻りしてしまったのではないかと焦っていた。

「勉強の事だけど、俺は文系はあまり得意じゃないよ」
「何言ってんだ学年主席のクセに(怒)」
「それなら隆君だってやればできるタイプなんじゃないの」

知ってるよ。そう素直に書かれてしまうと、思わず顔に熱がこみ上げてしまうのは多分隆の気のせいではない。
実のところ隆は他の誰よりも認められたがりな質なのである。

−頑張りたくないのは、頑張っても誰にも気づいて貰えなかった時恥ずかしいから。

まさか真里がそこまで見越している事はないだろうが、いずれにせよ隆は照れくささを隠す事は出来なかった。
結局その日は返信に迷いに迷って、なんて事のない当たり障りのない言葉を無理くりに送りつけた。

 それからと言うもの、二人は一日に数回のメールをやりとりするようになっていった。

一週間のうちに、あまり容量をとらなっかったはずのメールボックスは容量の大半を占めたもので、隆はどうしてかその数がとても愛しいように思えるのだった。

授業終わりに見える新着メールを知らせるが、隆のやる気スイッチになるまでそう時間はかからなかった。

「隆君は好き嫌い激しそうな気がする」
「マジ?俺割となんでも食べれるけど^^;」

うっかり隆が言葉のミスを間違えてメールを送信しようものなら、
「“食べられる”ね、気をつけた方がいいよそういうの」

と本当に即答と言わざるを得ないレベルで返事がくる。

「アイホン?って文字打つの早いんだな」

可愛さ余って憎さ100倍とは誰の言だったであろうか。
隆がなんとか食いつこうとすると、真里はいつも一歩先を歩いていた。

「俺のはアンドロイドだけどね、区別つかない?」

 隆も真里も、本来の目的である勉強を忘れてメールに勤しんでしまっているのは、お互いに楽しいという思いからに違いない。
たちつてとなかにはいれ。
会話が続かない時の呪文を二人とも自然につかいこなせていたし、そもそも話が途切れることはほとんどなかった。

「ラクトアイスとラクトフェリンって関係あんの?」
「横文字使えば頭よく見える訳じゃないよ、隆君…」

 ちょっと仲の良い、年相応の親戚同士のつき合いが出来て満足だった。そのはずだったのに。

転機は突然訪れた。それは、いつものごとく隆の母が告げた一言がきっかけだった。

「今度の週末の事なんだけど、金曜日の夜から月曜日の朝まで、ちょっとお母さん出張に行ってこなくちゃいけないのよね」

隆の母は、存外に出張の多い職業で、野島家の総動員数2人を支えるべく日夜働いている。

「わかった、またいつも通り洗濯はコインランドリーに行くわ」
「その事なんだけど、そろそろアンタにも生活力を身につけて欲しいから、ちょっと今回は助っ人をお願いしたのよ」

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あきゅろす。
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