モンロー効果
5
家に到着してからと言うもの、自室のベッドに横たわり隆は一人でに黙って考え続けていた。
これは、隆の小さい頃からの癖みたいなもので、一人きりの部屋で考え事をするには一番頭が冴える方法だったりする。
階下からうるさいくらいに聞こえていた母親の夕食に誘う声は、今はもう諦めたのか数十分前に収まってしまった。
完全に母の知恵を借りるタイミングを逃してしまったのである。
今現在野島家の中は、母親が見ているであろうバラエティ番組の笑い声が、静かに響いているだけであった。
隆は、真里の声色を真似しながら口を開く。
「“俺はずっと、話してみたいと思ってた”……だったっけ?」
先程の真里の言葉は、深く考えないようにすれば、なんて事はない普通の一言として済ませてしまえる物だった。
しかし、ずっと、という言葉の意味が、何故かどことなく心のどこかにひっかかっていて、隆は、頭の中で何度も何度も先程の状況を繰り返して思い出してしまっていた。
(高校生活が始まって、久しぶりに会ってから、だったなら“ずっと”なんて言葉、使わないと思うんだけどな)
だとしたら、彼は、そんなにも小さい頃から話がしたかったという事だろうか。
隆と同じように、『あの時一緒に遊んでいたら』などと、考えていてくれていたかも知れないという事だろうか。
さっきあの言葉を言った際の表情は、何時もと変わらず眉の一つも動いていなかったと言うのに?
今更になって、隆は同じ年の親戚である真里の考えている事が分からず困惑した。
(俺、まだ全然時間なんか経ってないのにアイツの事分かった気でいたんだ)
少しだけ仲良くなれたような、近づいた気持ちではいたが、改めて思い返してみれば、真里は何時だって顔色一つ変えずにいたのだ。
そして、思い返してみれば会話らしい会話もろくにしていなかった。
(こんな事なら、やっぱちゃっちゃとメールアドレスを交換しとくんだった)
親戚だからだとか友達じゃないから何も気にしないで、ただ同級生のよしみでとでも何とでも言えばわだかまりもなく簡単に済ませる事が出来て、今も言葉の真意一つでこんなにも悩まされる事もなく聞き出してしまう事が出来ると言うのに。
後悔は隆にとっての専売特許とでも言えるくらいの頻度でされている。
「本当に、後悔したって遅いんだけどよー」
枕を軽く殴りつけて、ため息を一つこぼす。
そして、隆は今度こそ強く決意するのだった。
「明日、なんとしてでもメールアドレス交換してやるぞ」
そうやって、少しずつでもいいからコミュニケーションを深めていけるように努力しよう。
彼が、真里が心を開いてくれるように。
それから、自分の心にちょっと前からわきだしているもやもやの正体をつかむために。
−もはや、当初の目的など完全に忘れてしまっていたが、隆にとってはこの際どちらでも良かった。
一度決意を固めてしまえば、ぐだぐだと悩み考えていた気持ちは何処へ行ってしまったのやら。
隆は、冷めきった母親の目線を浴びながら冷めきった夕食を食べ、速攻で風呂からあがるや否やすぐさまベッドで健やかな寝息をたてていた。
次の日の朝。校門前で真里を待ち伏せた隆は、携帯電話を差し出して自信満々にこう告げるのだった。
「真里君、俺に勉強教えてくんないかな? 親戚のよしみで、さ」
真里からの返事は、無言で差し出されたスマートフォンだった。
目に見えない赤外線は、一瞬で隆の悩みを消してくれるのだ。
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