Short 7 入社してからというものいまだに着慣れないスーツに身を包んで、懐かしの街を一人歩く。 神頼みパワーか自分の努力の成果か難なく地元でも有数の進学校に合格した俺は、中学校の頃の自分に折り合いをつけ、それなりに人なみに生きてきた。 「悠斗君は本当に真面目だなぁ、たまには呑みいったりしようよ」 「そうですね、今度是非行きましょう」 愛想笑いを浮かべて、思ってもいない事を口にして。 宮崎が見たらつまらないと笑うだろうなと自嘲しながら、進みたかった場所はこんなものだったのかと過ごした三年間だった。 そうしてやりたい事もなくずるずると大学へ入学したはいいものの、周りは将来を見据えたものばかりで、己の体たらくに失望させられそうになった。 何とかふんぎりをつけて一念発起した時がすでに遅すぎたせいで、俺の就職活動は難航した。 二十五歳の誕生日と同時に内定通知を頂戴して、ようやく一息つきたいと思った頃にふと思い出したのが、あの神社だったのだ。 石畳がうず高く積まれたような階段を前に、よくもまぁ十年前は毎日登り下りができたものだと我ながら感動を覚える。 「いようが居まいが関係ない。これは俺なりのお礼参りなんだから」 階段を一つ上る、十年という長い時間を浄化するように。 初めて出会った時は、随分と小さい少年だと思ったものだ。 段を一つ飛ばしで上がる。 名前も分からないままお互いの設定のようなものをぶちまけ合えるのは楽しかった。 手すりを使って、階段を二つ飛ばしで上る。 アイスを前にすると、途端にあどけなさが残る表情をして、見ていて退屈しなかった。 一瞬で滑り落ちかけて、誰にも見られていなかった事を安堵しながら残りの段を駆け上がる。 全てが遠い夏の記憶で、大切な思い出で。 だから今も彼がいるなんて本気で思っていなかったし、いたとしても、自分に気がつくはずがない。 だなんて自分に言い訳をしながら神社を目前にして−俺は膝から崩れ落ちた。 「儂の勘は当たったようじゃな」 膝の砂を払おうと立ち上がる俺に、竹箒を手にした青年がゆったりとした足取りで歩みよってくる。 いつの間にか風がぴたりと止んで、自分の心臓の音がうるさいくらい響いていた。 宮司のような神主のような和装で、長い紫色の髪を丁寧に一つ結びにして、たおやかな表情を浮かべているその人は−記憶に間違いがなければ宮崎悠斗その人だった。 (まさか俺だなんて分かるまいよ) 髪型だって人当たりのよい適当な茶髪で、ピアスの穴ですらもう塞がってしまっている。 何て事はないようにその横を通り過ぎようとして、ぎくりと立ち止まった。 大幣をこちらに向けて、あの頃と何らか変わらない表情で宮崎が笑っていたからだ。 俺の約束は、望みは、きちんと果たされていた。 「随分と背が伸びましたようで……変わりなくて、ほんと、安心した」 こちらから声をかけるつもりなど毛頭なかったのに、どうしてか小さく呟いてしまった。 するとどうだろう、宮崎は右手に扇子を持ち代えて、ふふんと大人らしく目を伏せた。 「お主は変わったな、悠斗よ。……あの頃は憧れのように男らしく思うておったが、今は愛らしい」 「ハハッ、何だよそりゃ」 本当に初めから分かっていたかのように、宮崎は俺の事を呼び当てた。 それどころか、俺よりも高く逞しく伸びた身長で、すっぽりと包み込むように抱きしめてきたではないか。 「ま、待て、どうどう」 「おお?かつての余裕ぶった態度はどうしたんじゃ」 「いや、だって宮崎……」 正直、彼がこんなに綺麗に成長しているとは思わなかったのだ。 変わらずにいてくれた事、待っていてくれたかのような言動全てが嬉しくて愛おしかった。 「やっぱり俺様はお前に勝てないんだな」 「否、まだ勝負はついておらぬぞ」 宮崎と悠斗の物語は、まだこれから始まったばかりなのだから。 あっけらかんと宮崎が言うものだから、俺ももう、笑って頷くしかなかった。 [*前][次#] [戻る] |