Short 5 宮崎の襟首を掴んで脱兎のごとく駿足でその場を後にすると、そのまま境内の右隣にあたる無人の販売所へと突き進む。 百円をきちんと納めれば、ここにだってお守りはあるのだ。 「最後の日に買おうと思っていたんだけどな……」 ジャンルがそれぞれあるお守りの中から、一つだけ選び出して小さい賽銭箱へ百円玉を落とす。 「何やらよからぬ覚悟を決めたのではなかろうな」 知ってか知らずか、宮崎は複雑そうな表情で俺様のその動作を見守っている。 百円玉と入れ違うようにポケットにお守りを押し込んで、無理矢理に表情筋を動かす。 「これで俺の願い事はおしまいだ」 「いいや、まだお主はここで終わる宿命ではないぞ」 「運命だろうとなんだろうと俺が決めた事さ」 左耳からピアスを外して、もう片方の手に握り拳ごとつっこむ。 「駄目じゃ駄目じゃ!きっとお主は悪霊にいいようにされているだけなのじゃ!こちらへ来い!儂が今除霊を−」 「短い間だったけど楽しかったよ、またな」 呆然とする宮崎に背を向けて、階段を一つまた一つと降りていく。 最後に片腕だけ上げて手を振ると、随分と自分らしくないなぁと笑いがこみあげそうになって、 (夕立でも降ってきてんのか?) 代わりに出てきたのは小さなひと雫の涙だった。 その足で、“俺様のスペシャルハイグレードでえげつないかっこよさの銀狼ヘア”を作り上げてくれた美容師のもとへ向かう。 ありったけのお小遣いと貯金を前に、「ばっさり切ってあっさり染めてくれ」と言えば、美容師は泣きながらもったいないと叫んだ。 それでも宮崎が勝手に応援しようとしてくれた事、これまで冗談半分にでも神頼みをした事へ報いるためには願いは叶えなければならない。 その為には、今現在であるところの俺様は、もう全て捨てなければならなかった。 「でも本番まではあと三ヶ月もあるのに」 「もともと夏休み終わったらって決意してたから」 ポケットの中でピアスとお守りがぶつかったような気がして、最後の反抗のようで、少しだけそれが寂しいような気もした。 そうして、放課後は一切遊びにも行かずに過ごした約二ヶ月半。 家とは反対方向の神社へは一度たりとも顔を出すことはなかったし、それ故にあの宮崎悠斗と遭遇することもなかった。 「今日は試験前の補習授業があるから−」 今週末、俺はいよいよ受験の日を迎える。 元々、日々の勉強から逃げたくて始めた“自分だけの設定”だったが、中学生を卒業するのならは、それもきっともう別れをつげる時なのだと知っていた。 鏡の前で髪に軽くワックスをつける。面接で好印象になるワンポイント。 すっかり見なれた漆黒の髪は、ラスボスのような風格もあってこれはこれで悪くはなさそうだ。 「お母さん、俺学校行ってきます」 靴べらを片手に親にそう告げると、いつもは『出かけるギリギリになってから言うな』と怒る母親が珍しく慌てた様子でリビングから飛び出してきた。 「ゆうちゃん、門の前でずっとお友達が待っているわよ」 「お友達(イッツソウルフレンド)……?」 しまったうっかり数ヶ月前の癖を呟いてしまったではないか。 それにしても、俺には家の場所を教え合うような親しげな友人はいなかった筈だが。 靴べらを刀剣のように構えて、玄関の扉を開ける。数歩歩いた先の門扉の所に、頭一つ分小さな影が垣間見えた。 「遅いではないか!勤勉たる学生が遅刻とは情けない!!」 「お前、どうして、な、な、んで」 朝日をきらきらと反射させて、紫色のロングヘアがターンして振り向く。 「お主に最後の除霊をしてやらねばと思ってな」 なぁに景気づけよ。扇子越しにそう笑って告げる姿はあの夏の頃と何ら変わりがなくて、少しだけ安心したのは、ここだけの話だ。 [*前][次#] [戻る] |