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アラマホシーズンズ

 大好評のまま一日目を終えて、ようやく解放された事への安心感か荒瀬は随分とぐったりしている。
机に突っ伏して長い長いため息を吐いている様子を見るや否や、他の生徒はそそくさと次郎に任せて帰路についてしまった。

「今日はちょっと興奮状態だったしさ、明日はゆっくり回れるだろうし家に帰っておまえもゆっくり休めよ」
「自転車乗りたくない……ラーメン食べたい……」
「駄々こねるなって―ん、ラーメン?」
力なくうなだれたまま、荒瀬はラーメンの魅力を語り出す。どうやら彼の好物らしい。
こうしていても埒があかないと思った次郎は、仕方なしに提案をする事にした。

「じゃあさ、今日のお礼に俺がラーメン奢るから。それでどう?」
「本当か!よし行こう今すぐ行こう!」
「え、ええ……変わり身早ぇ……」
鶴の一言だとでも言うのかのように、荒瀬は目を輝かせてそれはそれは姿勢良く立ち上がると鞄を持って教室の出口まで一目散だ。
そして、顎で次郎を呼んだかと思えば、『アンタ自転車押して行ってくれるんだろ。召使い』と決め顔で言うのだった。

(まぁ元気になるならなんでも良いか)
今日彼にお世話になった事は変えようのない事実であり、そのお礼が出来るのなら多少調子に乗る事にも目を瞑ろう。

 次郎が跨がるには少し高いサドルの自転車は、荒瀬が気に入るであろう萌葱色のフレームだった。ニット帽とも相性の良さそうな配色だ。
自分の気に入ったカラーで全身を囲むのはさぞ気分が落ち着くだろうと思いながら押して歩いていれば、荒瀬は呟くように尋ねてきた。

「アンタはラーメンでいいのか」
「一番の好物って訳ではないが嫌いじゃないぞ。醤油、塩、とんこつくらいの順番で割とよく食べるしな」
「僕はみそラーメン派だけど……アンタは何が好きなの」
「ナンが好きって、ナンだよ。カレーにつけたりする」
「それはカレーが好きなのでは」
「全然違うぞ!ナンは万能食物だ。もちろんカレーとの相性も最高である事はさる事ながらシチューをつけてもよし、デミグラスやチリソースを一緒にしてもモチモチと包み込んでくれるんだ」
そこまで一息に宣ってから、荒瀬が絶句している事に気がついて恥ずかしさがこみ上げてきた。
すると荒瀬は、そんな次郎を意にも介さないような表情で返事をする。
「ふーん……じゃあ打ち上げは、ナンの美味しい店にも行こう」
「いや文化祭の後にカレーは食べに行かんだろう」
納得したように頷きながら、荒瀬は次の角を右へ曲がるように指定する。彼のいう一番の味噌ラーメンが食べられるという店に向かっている最中だ。

 普通の男子高校生が、今まで食べてきたラーメンの中でダントツだと支持する店だ。予想を裏切らずに入り口からでも混んでいる様子が見て取れた。
カウンターではすし詰めになっている大人の背中しか視認出来ず、座れても一人がやっとという所だろう。

「うわ、結構人気なんだな……荒瀬どうする?」
「どうするって。いつもは外まで人が並んでいるくらいだから今日は好いている方だけど」
「そう、なのか?でも混んでるっぽいし今日は諦めた方が―」
「やってみなきゃ分からないっしょ。店内確認してくるからアンタはここで自転車止めといて」
命令するような形であるにも関わらず、言い返す気にならないのはその言葉に核心をつかれたからだろうか。
数秒程して、テーブル席を確保してきた荒瀬が戻ってきて、二人は熱々のラーメンにありつける事となった。

「ほら。諦めなくって良かったっしょ」
得意げに笑うその表情は腹立たしいが、喜んで貰えたなら何よりだ。
バターのとろける味噌ラーメンに、二人の険悪な雰囲気が包まれて飲み込まれていく。
財布の中身は減っても、次郎の心には暖かい気持ちで満たされていた。

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あきゅろす。
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