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アラマホシーズンズ

 完全な寝不足のまま迎えた本番当日。普段よりも二時間早く登校した次郎に待っていたのは委員会の打ち合わせと設営だった。
学校の正門に柱と看板を組み立て、簡易テントとパイプ椅子で受付を作る。各学年・クラスごとにシフトが決められており、次郎と荒瀬は翌日の朝になっている。

「先輩のクラスの劇が見れないなんて残念です」
「そう言って貰えて光栄です。教室でメイキング公開してるから、良かったら見ていってな」
後輩の社交辞令をなんなく交わして、ひと息つく暇もなく教室へと急ぐ。
すっかり着替えを済ませたキャストの一人一人にエールを送ってから、荒瀬にも嫌味を込めて親指をたてて見せた。

「後の披露が全部霞むほどにしてやってくれ」
「言われなくともぶっちぎりで1位キープするし」
「ねぇねぇ、優勝したら何か貰えるんだっけ?」
久々に険悪なムードを見せた二人に、鈴を転がすような笑い声が割って入る。
すっかりお馴染みとなったウララだ。

「学校長が懇意にしてるテーマパークに無料招待だとか」
それに続くが、今回の脚本監督を務めるトキタだ。この三人になると一気に苦手な空気なる事が分かっていた次郎はそっと一歩引いてその様子を見守る事にした。

(―やっぱ少し寝れば良かった。完全に自業自得だけど)
ただでさえ眩しい光景に目の前がくらくらと揺れる。
平静を装って自分の席に着けば、すぐに出番だと呼び出しがかかった。

 壇上で前説をするクラスメイトを舞台袖から見つめて、それから客席を見る。
やはりと言うべきか、いささか空席が目立っている。どうか少しずつでも人が増えてくれるようにと祈りながら、固唾を飲んでの幕開けとなった。

「僕は平凡な男子高校生、タロウ」
「僕は皆に幸せになって欲しいだけの、ただの王子」

たった一言で分かる。やはりというか、何というべきか。
証明をいっぱいに浴びても引けを取らない程荒瀬は輝いて見える。
見た目は勿論の事、すっかり二役を起用にこなしており、男の次郎ですら見とれてしまっていた。

「人の気持ちなんて考えた事すらねぇ」
「誰かの為なら、この身を捧げる覚悟さ」
荒瀬が一つ科白を言えば、うっとりとするような雰囲気がただよう。
客席では、先ほどは出していなかった筈だがアイドルの応援団扇のような物を持つ女生徒すら居るではないか。
この学園祭ですっかり人気者となったのか、はたまた元より隠れファンがいたというのか、堂々と自分の役割をこなす荒瀬を見て、次郎はとても美しいと思った。
彼の切れ長の目には、あのニット帽よりもこうした華やかな衣装の方がよっぽど似合っているとも。

 「―こうして王子と少年は、元の姿に戻りました。しかし、全てが元通りという訳ではありません。二人の心には、確かに教訓が刻まれていたのでした。」

ウララが演じるツバメが、ひらひらと衣装を翻して終わりを告げる。
幕が下がりきって、キャストがお辞儀をしに再び壇上へと姿を表せば、あとは次郎の仕事だった。
いつの間にか人が増えていたのだろうか、随分と空席は姿を消しており、ほっと安心する。
傍らの台車にシミュレーション通り積み上げて、腕に通せそうな小道具も装着する。音をたてないように運び出せば、誰もいない廊下を急いで渡った。

(疲れた体にこの重みがしみる―なんて冗談を考えている場合じゃない)
なんとか教室のドアを開けたまではいいが、荷物を下ろしかけて目線を下にしたその時、体の重心が全て抜け落ちたような間隔にさせられた。
まだ舞台上にはいくつか置き去りのアイテムもある。戻らなければ。荒瀬を、頑張ってくれた皆にせめてもの労いの言葉をかけなければ―。

そう思いながらも、瞼は閉じてしまう。
「本間?そんな所で何して―」
完全に脱力するその直前、誰かにそう呼ばれた気がしたが、返事をする事は、出来なかった。

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あきゅろす。
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