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オレンジ信号機

 その渦中に必ずと言って良いほど現れるのが、井上にとっての目の上のたんこぶのような存在。東江夏夫(あがりえなつお)だった。
極少数しか募集のない限られし狭き門をくぐり抜けなんとか合格した彼は、成績トップにも関わらず壇上に上がれないと悔やんでいたらしい。
数度顔を合わせただけなので、仁神にも性格の程はさだかではないが、良くも悪くも平凡な思考回路なのではないだろうか。

「特徴っていう特徴も、微妙な長さの髪くらいっすからね……」
男性にしては長め、というくらいで暑苦しそうな印象もとくになく、とにかく特筆する事がない。

「身長は170いってたような」
自分よりは少し低いという認識だ。姿勢が良い分、もしかしたら多少は誤魔化されている可能性もある。

 合同体育の授業では、運動はあまり得意ではないようで、退屈そうにボールを追いかけている所をよく目撃されている。
根っからのインドアという訳ではないが、意外にも理系のタイプのようで、数学の授業ではそれはそれは輝いているとかいないとか。

「……そんな奴が、どうしてこうも複雑な問題を抱えてるんだって話っすよ」
仁神は頭の中で、電車の路線図のように相関の状態を作り上げる。
中心に東江を置いて、それから右の横に同室者の名前。間をとって、その上に内原の名前だ。
出来上がった三角形の中に、幼なじみと書き記す。
今度は左隣に平井洋介を配置する。横線で結んだら、気の置けない親友、とタグをつけた。
 そこから今度は、平井の上に大きく円を描き、生徒会の人物を描く。
平井へは“友愛”、そしてここからは、恐らくは本人も知らないであろう接点である言葉を付け足す。

「かつて遊んだな−」
「ねぇ、ちょっとにかみん来てくれませんか」

隣の部屋−つまり井上の側から、そっと声がかけられるもので一瞬にして思考が引き戻される。
慌てて相関図を頭の片隅においやると、仁神は自室を飛び出した。

 「うわ……」
何度見ても、井上依の部屋はとち狂っている。仁神は頭を抱えたくなった。
「じろじろ見ないで下さい」

居心地悪そうに井上は天井までびっしりと張られた写真を一つ一つはがしていく。
全てが、どこかで撮られたような東江のバストアップだ。そしてすべからくバツマークがつけられている。

(一番に嫌われようとしてたって事か)
ここにきてようやく今回の彼の意図がわかった仁神は、背筋をぞっとした物が通り抜けていくような感覚になる。

(この前までは、平井の写真があったのに)
一番になれないなら、もういいという事なのか。
「何をすればいいんすか、先輩」
優しくそう尋ねれば、新しい写真を手渡されて。
今度こそ仁神は逃げ出したくなるような気持ちにさせられるのだった。

(これが、自分の−“仁神の写真”だったらどんなに良かったか)
自分の手のひらのうえに重ねられた写真は−100パーセント、髪の毛を切った東江の姿だったのだから。

(東江、この人はまだお前さんに執着するつもりみたいっす)
この自分を差し置いて。
やっぱり許せない先輩だなぁ、と思った。

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あきゅろす。
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