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オレンジ信号機

 炎天下の中迎えた七月某日。
これさえ終えれば後は試験と夏期休暇だけとあって、生徒はもちろん教師までもが盛り上がっていた。
もはや優秀な成績である事以外は普通の生徒となった内原も、各スケジュールの調整などを手伝う程度には参加している。

「隣のクラスの者ですが、ブルー組のハチマキ足りてますか?」

クーラーのきいた教室でひとり休憩を楽しんでいると、ふとドアがゆっくり開かれる。
声をかけられてからようやくそちらへと目を向ければ、そこには。

「……マガリエ君ではないか」
「僕別にMじゃないんで。誤解を生むような言い方止めてくれませんか?」

仁神があんなにも嫌がっていた、ピンクのラインが入ったジャージ。
それを一番上までジッパーを引き上げて、東江はこちらへと歩み寄ってくる。

「こうして話すのは初めてですね、内原君」
これが初対面。努めて平静に慎重に。
そう考えているとでも言いたげな様子で、東江は微笑した。
別にそれでも内原は構わないが、普通の同級生はもっとラフだろう、と思った。

「呼びタメでいいぞ、よろしく」
「あ、握手とかはいいからハチマキ貰えないかな、僕のクラス足りなくなっちゃって」
「何で人数分発注したやつが足りなくなんだよ……」

伸ばした手が行き場を失ってさまよう。
そうして適当に段ボールをあさって、そつなく彼の白い手に預け渡す。
一瞬だけ触れた手は、何故か内原よりも冷たくはなかった。

(何で俺の方が緊張しているんだか)

 そのままクーラーの運転を停止させると、東江と連なって教室を後にする。
正直な話、自分が着る気はさらさらないが、東江が着ているのを見るのは悪くない。

「う、内原は別のカラーなんだ……ね」
「おうよ、そういう東江は桃色似合ってっぞ」
「そう?僕は内原の紅色に黒いライン入ってるやつの方がいいけど」

“第二ボタンみたいに卒業式で−”
そんな仁神の言葉が思い浮かんで、頭を振って見ない振りをする。
そんな先の事など今は知らないし、その時まで彼と仲良くしている確証もないのだ。
しかし内原の気持ちを知ってか知らずか、廊下を並んで歩いてもお構いなしだ。

「卒業したら僕にくれない?ジャージ」
「いいけどブカブカだろ、着てどうすんだ」
もしかしたら、彼はまだ自分の事が好きなのか。
暑さを理由にしても赤らんだ頬を見るに、その可能性は捨てがたいと内原は感じていた。

「そんな身長変わらないじゃない……」
「そうか?じゃあ、俺のと交換だな」

案外、すんなりと提案出来てしまえたのが自分でも不思議なくらいだ。
いくらあの場所を怖そうと、最初からやり直そうと、呼吸の合ってしまう物同士、どうせ仲直り出来てしまうという事だろうか。

「仁神君と応援合戦一緒にやる事になってさ、井上さんに目の敵にされそうなんだ」

あまりにも何て事ないように。
普通の日常風景のように東江がそう言うから。
内原は、息を飲み込んで返事をする事が出来なかった。
あの事件を起因とする全ては、まだ終わっていないのだ。

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あきゅろす。
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