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オレンジ信号機

 中等部では常に好成績。
教師に頼まれ事をしてもいやな顔ひとつせず二つ返事で了承する。
そんな便利で優秀な内原を、教師は正直な話持て余していた。

「生徒会の仕事って雑用なんですか」
「雑な事なんてありませんよ、内原」
「青春先生、俺もう行っていい?」
「そのニックネームを止めるなら良いでしょう」

眼鏡をくいと中指で押し上げて、英語教師は内原に書類を手渡す。
高等部へ内部進学する事が既に決定している彼には春休みはやけに長いものとなっている。

 内原は渡された束を順番に所定の教卓へと置いていく。
今日は十時から、外部受験組への説明会なのだ。入学が決まれば担任になる教員からそれぞれに案内をして、その後一人ずつ呼び出されて面接になる。
定員を大きく越える人数になるので、遅い人は夕方まで残される形になるのだが、伝統ある形式らしい。

そうしてとある教室に書類を置いた時、内原は不意にそこに記された名前を見た。
五十音順に番号の振り分けられたそれには、漢字の上にご丁寧にルビがふってあった。

「東……あがりえか、珍しい名字だな」
指でそっとなぞらえて、下の名前にまでかすめて手を止める。
まさか。目をそらして、一瞬で思い浮かんだその姿を頭の中からおいやる。

(うっちゃん!)
遠い記憶の中に閉じこめたあの声は、あの姿の主は、この人差し指の下にあるものと同じ名前ではなかったか。

 数分の間、そこから動けずにいると、横の扉に人影が現れた。

「いたいた、内原君ちょっといいですか?」
慌ててそちらへ駆け寄ると、教師−青山は窓の外を見るように目線をずらす。
内原も追うようにそちらへ首を傾げて、それから現在時刻を確認した。

「今、八時ですよね。開場は九時半なのに」
「そうですね、俺もちょっと困ってしまって」

門扉の前にいたのは、見慣れない学ラン姿に身を包んだ、本日の受験者だったのだ。
遅刻は厳禁、早く着くにこした事はないが、いくらなんでも早すぎるのではないかというのが青山の弁だった。
そこで、内原の出番だった。

「九時半に開場するのをお願いしようと思っていたのですが、ついでにあの早く着いてしまった子のお相手をお願い出来ますか?」
「承知しました」

素直に気持ちを述べるのであれば、面倒だ。
しかしそれでも内原はいつも通りに返事をした。
それには、先ほどの人物も影響しているのだが。

 門扉の前に突如として現れた内原に、少年は一瞬視線をさまよわせて、それから小さく挨拶をした。

「今日、試験を受けるあがり−」
「あー、大丈夫分かってるんで、今しばらくお待ちください、っす」
「は、はい……」

男にしては長めの髪を揺らして、その相手−噂の東江夏夫は頷く。
その表情は、いつかのあの頃と全く変わらないというのに。
そして自分は、周りから幾度も言われる程まるで見た目が変わっていないというのに。

「あの、名前なんていうんですか?」
「燕三条です」
「ツ、ツバメ!?」
「ウッチージョーク」

人差し指を銃のような形にさせて向けると、ようやく彼は小さく笑う。
二人のノリは、昔と全く変わっていないのに。
それでも東江は気づいてくれなかったのだ。

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