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オレンジ信号機

 生徒会の仕事を終えて、一人で校舎を歩いていく。
仁神は部活へと戻っていったので、送ってやる必要もない。
小脇に鞄を抱えて、ポケットに手をつっこんでいると傍目にはおおよそ生徒会の役員には見えないだろう。
協議の結果は未だ出ない。
惰性で大浴場を突っ切って、自動販売機の前まで約四七二歩。
そうして今日もいる姿を目にして、どこか安心してしまう。
一人で居れば、自分と会えば彼が危険になると、頭では理解している筈なのに。

「今日も一日お疲れさん」
当然のように東江の手から缶ジュースを受け取って。

「どうよ俺のノートは、役に立ってるか?」
先ほどまでポケットでいじっていた小銭を渡す。
当たり前に財布にしまった東江は、腰を一つずらして横を開ける。

「返さなくていいんじゃなかったの?」
「礼はいらないとは言ってない」
「じゃあ僕もうあげたじゃん」

それもそうだと肯定すれば、お互い顔を見合わせて笑いがこみ上げる。
こんなに落ち着いた時間になるのは、いつぶりだろうか。

 そうして何気なく会話が途切れたかと思えば、缶ジュースに這わせた指がしどろもどろに動いているのが見える。
躊躇っているかのような、どこかぎこちない仕草だ。
東江は何かを言おうとしてここに来ているようなのだが、内原はいまだそれを聞いた事がなかった。

「……あのさ、僕の勘違いだったらばっさり切り捨てて欲しいんだけどさ」
「回りくどい言い方はいい、さっさと言いたまえ」
「何だよそれ」
「ワタシハテツヤ大佐ダ」
「意味分からん……うん、あの、うっちゃん、だよね?」
「おう」

なんだそんな事か。ただの相づちのように自然に。
頷く自分を見上げるその瞳のなんとイノセントな事か。
そうしてようやく知る事となった東江の話は、内原にとってはついにきたかという程度のものだった。
いつかはおのずと問いただされるであろうと、分かっていたから。

「なっちゃんなんて呼ぶのは今更らしくないよな。−ゲンあたりにでも聞いたか」
「やっぱりなんでも分かっちゃうんだね」
「まぁ、な。一応あいつだって幼なじみな訳だし」
「そっか、そうだね」

再び沈黙が訪れるが今度はぎこちなく居心地は良いとは言えない。
手のひらを伝う滴が缶ジュースのものなのか自分の汗なのかが分からない。

「どうして、言ってくれなかったのかって、聞いてもいい?」
「気分のいいもんじゃないけどな」

それでもいい、と東江は首を振る。
覚悟はきめていますとでも言いたげな表情に少しだけ腹がたつ。

「自分で気づかなきゃ意味がないだろ」
「初恋の人を追いかけるなら……って事」
「そこまで理解してて何故聞いたよ」
「答え合わせ、かな」

そう言って脳内を整理するかのように東江は目を閉じる。
その姿は、内原が数年ぶりに東江を認識したあの日と寸分の違いもないのに。

(お前は、昔と全く同じ姿の俺を見ても気がつかなかったんだぞ)
それで初恋の人など、よく言えたもんだ。
もはや半分以上自嘲のこもった考えを浮かべながら、内原は回想する。

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あきゅろす。
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