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オレンジ信号機

 昼間のうちに体育会系が汗を流した校庭はえも言われぬ匂いがして嫌いではない。
生徒会になる事がなければ、もしかすれば何かの部活で三年間を過ごすという選択肢もあったのかも知れない。

「選択肢か……」
自分で選んだという点では、この道も案外悪くはない。
だから後悔する事はないが、人生にはいくつもルートがあるようにいつも内原は考えていた。

例えば昔。なっちゃんが親元を離れる事がなければ、内原とは出会わなかった。
あの親友はきっと出会っていたから、彼に言われるがまま進路を選んでいた事だろう。

例えば昔、なっちゃんがあのままずっと祖父母の家にいる事が決まっていれば。
離ればなれになる事はなく、年相応に、普通の友人になれた筈だ。

(……やめよう、何か俺なっちゃんコンプレックスみたいだ)
全く以て事実であるが、それを素直に認めるのは怖かった。

 内原がストレス発散を兼ねて夜の散歩をするようになったのは、一体いつからだったか。
つい最近のようにも思えるし、かといってここ数日という程でもない気がした。
少なくとも、先日のあの事件があってからは毎日している事は確かだ。
理由は二つある。それは一つに、単純に夜が好きである事。

「あ、やっぱりここにいるんだ」

そしてもう一つが、時々遭遇する存在にある。
男にしてはめずらしいセミロングの髪をばっさりと切った彼は、自動販売機の横のベンチでこちらを見上げてくる。

「お前、部屋抜け出して大丈夫なのか?」
「もう明日から復帰ですぅ〜」
「なら尚更こんな時間まで起きてるなよ……」
「それを言うんだったら内原もだろ」

ぶっきらぼうに目をそらした東江の手には、水滴のついた缶ジュースが二つ。
ここに座っていたという事は、同室者と自分の分とは考えにくい。
横に腰を降ろして、そっと片方をもらい受ける。

「言われる前に取るなよな」
「でも俺のだったんだろ」

ジュースを口にしながら、東江はもごもごとそうだけど、と呟く。
これは察するに、彼なりの感謝の気持ちだったのではないだろうか。

「……俺さ、言ってなかったよな」
「内原は肝心な事全然言わないだろ」

それなら少しぐらい、正直な気持ちを打ち明けてやるのが筋だろう。
しかしどうにも東江はつんけんな様子で、からかい半分な気持ちも出てきてしまう。

「短い方が、似合ってるぞ、髪」
俺の好みだ。

そう言えば、幼い頃の彼もベリーショートが似合う可愛らしい見た目をしていた。

「また元に戻るまで伸ばすけどね。べ、別に内原の好みなんか……なりたくないし」
襟足を人差し指でつついて、東江は小さくため息をつく。

「ジュースごちそうさん、東江」
頭を軽く撫でてやると、彼はハッと顔を上げる。
そうして何かを言おうとして、ためらうように視線を下げた。

「やっと名前呼んでくれるんだ」
「お望みとあらば好きに呼んでやるけどな」
「うそつき」

缶ジュースをゴミ箱にシュートして、東江は勢いよく立ち上がる。
指を組んで大げさに伸びをしてみせると、既に何ともないような表情だった。

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あきゅろす。
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