オレンジ信号機
2−1
突然地元から引き離されて、一年で連れ戻される。
当然かつて遊んでいた公園とも疎遠になって、小学校入学は東江にとって恐怖でしかなかった。
しかし、教室内で同じように一人でいる存在を見つけて。
自分だけじゃないとどれ程安心した事か。
今現在、電話口で何の気なしに会話をしてくる腐れ縁は、きっと知りもしないだろう。
「っていうか、夏夫、一人でやっていけるんじゃなかったん?」
「うっ……だって八年ほぼ毎日顔合わせてたんだよ」
「ホームシックならぬヒライシックってか」
実の所、夏夫と平井は別々の高校に進学するにあたって、一つの約束を交わしていた。
“寂しくなっても絶対電話しない”
という平井からの一方的な断絶だったが、それでも夏夫は守ろうとした。
たった一日で陥落したが、それでも守ろうとした。
「いやはや、入学式終わって連絡きた時はびっくりしましたよ、ホント」
「そんな事言って、ヨースケだって、う、嬉しかった癖に」
「ハハッ電話切るぞ〜?」
「ごめんなさい!」
何だかんだと小馬鹿にしつつも電話を切らないでいてくれる平井。
彼と築き上げてきたテンポの良いタイミングが、東江には心地が良かった。
「……絶対夏夫は受かんないって信じてたんだけどな」
「何か受かっちゃってごめん……」
「いーよー俺今の学校好きだし。共学最高。女の子可愛い。夏夫も早く初恋の相手に振られて転校してくれば?」
「いや学費とかあるし、仮に振られたとしても今のままだよ」
あの同室者−小峰の事を思えば、存外振られないような気もするし。
(あれ、そもそも僕は今のうっちゃんが好きなんだっけ?)
平井は何か勘違いをしている気がするが、ふぅん、と小さく返事をするだけで別段興味はなさそうだ。
なら訂正する事もないか、と思いながら、夏夫は口を開いた。
「寧ろ、ヨースケがいてくれたら僕は最高なのにって思うよ」
「この完璧超人平井様がいないとナツオちゃんは何も出来ないんでちゅか?」
「だってヨースケなら、この学校に申し分ないくらいお金持ちでしょ?」
平井洋介の家はいわゆる富裕層である。
世界的家具メーカー・ヒラインテリアのご子息だったりするのである。
「……そっか、その手があったか」
「ヨースケ?どうかした?」
「何でもない。いや〜夏夫は俺がいないと駄目だなんてな!依存されちゃってますね、俺」
「調子に乗ると電話切るよ」
「ごめんなさい!」
夏夫は毎日、電話を切るタイミングが分からないのと同じくらい、『同室者』の話をするタイミングを難しく感じていた。
内原の事はすんなり言えたのに。
何故か、平井が怒ってしまう気がして、言えなかった。
(ヨースケなら、絶対応援してくれるって、頭では分かってるのに)
そして夏夫は一ヶ月もしない内に、平井の言っていた“その手”が何であったのかを知る事になる。
「ちょっとぶりだね、夏夫」
「な、なんで……ヨースケ!?」
自慢だった金髪の髪を、モジャモジャマリモのカツラで隠し、黒いカラコンをつけた親友は、堂々と学校の門前に立つ。
「夏夫がどうしてもって言うから、来ちゃった」
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