オレンジ信号機
12
しかしまだ望みを捨てた訳ではない。
自分の身なりは、今まで東江に見せていたどの服装とも違う筈だ。
だからこそ、内原が何を言って連れ出したかは知らないがしらを切り通せる自信があった。
「お坊っちゃん校の癖にこんな所居ていいのかよ」
「良いんだよ、だってヨースケが来てって思ってるから」
「言ってないよな?」
「言われてないけど分かるよ」
たった一言でその自信を粉砕され、平井は半ばしどろもどろになりながら返事を紡ぎ出す。
よいしょと音もなく近くのガードレールに腰を降ろして、東江は平井もと誘ってくる。
しぶしぶ座ると、ようやく口を開いた。
気づけば、井上が人払いをしたのか周りには誰もいない。
「ずっとヨースケのそのカツラ嫌だったんだよね」
「編入してきた時?」
「そう、自分でも何でかは分からなかったんだけど」
言って、横から手をのばしてくる。拒否する理由もないのでされるがままに待ってみれば、東江はニット帽を奪い取り自分で被った。
「中学の頃だったかな、一回会ってたよね、僕」
「気づいていた?」
「最近思い出したんだけどさ、だってヨースケと同じ声だったんだもん」
まるで宝物でも出すかのように小さく笑うと、東江はそのまま頭を下げた。
うつむき加減が、髪の毛の長かった時を思い起こさせて、平井は急に懐かしく感じる。
「あの時は勝手な事言ってごめん」
「そんな、俺の方こそ試すような事して……」
「試すって?」
まさかそちらの方は検討もついていないとは。
存外東江も鈍くできているのかも知れないと平井はため息を吐いた。
それでも彼は自分に気がついてくれたのだ。それだけで、もう十分だった。
「何回目になるか分かんないけど、俺夏夫の事やっぱり好きだわ」
マッチポンプかつトラブルメーカーで、いつだって彼の隣は退屈しなかった。
出来る事ならば、一緒に幸せになりたかったが、もうこれ以上は望めないだろう。
平井はそう思って、カツラを手にして自嘲する。
「ありがとう」
立ち上がった平井に、東江も立ち上がる。
その顔は、暗がりで不明瞭だがほのかに赤くなっているようにも見えた。
そうして平井は、八年越しの片思いに決着をつけて、東江の事を諦めようとした。
したつもり、だったのだが。
「ヨースケ、何してるの?」
目の前の人物は、それすらも許してはくれない様子で。
手を差し伸べてきたかと思えば、またイタズラに微笑んで平井の腕をとった。
「一緒に帰らないと、来た意味がなくなる!」
「わかった、わかったから手ぇ離せって!」
休みの分のノートが溜まっているのだと走り出すその背中は、一体何を考えているのやら。
彼と過ごす日常は、同じ事の繰り返しなのに非日常に感じる。
(まだしばらく退屈しなくていいのか、俺は)
期待させてくれるのだろうか。
自分で宣言した期日が迫っている事すら忘れて、平井は心が躍り出しそうになっていく。
ポケットの中で、携帯電話が鳴っているその事実だけが、現実へと呼び戻そうとしていた。
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