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オレンジ信号機
13
 そのまま保健室まで直行すると、もはや慣れたようすでそのドアを東江は開けた。
「また来たのか」
保健医はため息混じりに救急セットを手にする。小峰は自分だけが知らない東江の日常を垣間見てしまったような気がして、少し俯く。

「お前も同室者ならちゃんと見てやれよな」
「タナセンに何が分かるって言うのさ」
「年上は敬えっての……なぁ東江」
「僕が話さなかっただけなんで、あの、うっちゃんは悪くないんです」

言いながら東江はシャツを脱ごうとして−小峰との間を隔てるカーテンを手にした。

「傷とか、見ててもいいもんじゃないから……」
「話して」

え、と固まる東江の手からカーテンを抜き取って小峰は懇願する。
もうお互いに秘密を持っているのは嫌だった。
置いてかれるのは、こりごりなのだ。
田奈川という名札を着けた保健医に無言で目線を向けると、仮眠ブースのドアを開けて顎で指示する。

「クラスには俺から伝えとくから、一限はサボってけ」
「タナセンさすが話の分かる男だね!ブルマン先生にも見習って欲しいよ」
「前言撤回するぞ……っていうか青山先生と俺を対立させようとするなよな」

げんなりした様子の保健医を背後に、東江の手をとってその部屋へと入る。
すっかり相手の顔は暗く落ち込んでしまっている。

 ベッドの上に二人腰を降ろして。
「何かほんといつも助けてもらっちゃって……ごめん」
「こういう時は違うでしょ」
「うん、ありがとう」

ぽつりと口を開いた東江に、小峰はじっとその続きを待つ。そうして彼が教えてくれた言葉は、小峰の想像以上だった。

「ちょっと前から謹慎になってない親衛隊の人に絡まれてて、でもうっちゃんを巻き込みたくなかったんだ」
「巻き込むって、ボクそんなひ弱でもないけどね。これでもハンドボール部だし」
「でもマネージャーじゃん」
「準備運動とかはボクもやってるよ?」

そうなんだ、と頷いた東江は、ここにきて安心したように息を吐く。
そうして、何かを決意したかの表情で、小峰に向き直ると−おもむろにシャツをめくった。

「いきなり何を−」
「うっちゃんなら、話してもいいと思って。ねぇ、僕のここ見て」

会話だけを聞かれれば、勘違いする人が現れそうな言葉だった。
しかし、小峰にそんな事を考えている余裕はない。
小峰の目は前にある、東江の首筋に集中していた。

「あー……これが、一緒にお風呂に入れない理由、か」
「それもそうなんだけど。これ、僕が自分でつけたんだ」
「そっか……やっと、教えてくれるんだね」

いつか信頼して打ち明けてくれるならと、小峰はずっと黙っていた。
東江には一人で抱えるには大きい爆弾のようなものがある事を。

家族と折り合いが悪く、暴力に慣れてしまった事、ストレスを感じると、首の傷を追ってしまう事。
時折話しにくそうに首もとに手をやってはやめてを繰り返しながら、東江は小さく続ける。

「さっきうっちゃんが先輩に案を出してくれたの見て、君にならって、思ったんだ」
そうして目を瞑った東江は、数分前の耐えている様子とは打って変わって顔色も良い。

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あきゅろす。
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