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オレンジ信号機
11
 あの手この手作戦の概要はその名の通り、思いつく限りの全てを実践し、駄目なら次、忘れた頃に前の手段を使ってみる事を差す。

「今日の授業はどんな内容だったの?」
夜になって、風呂上がりの髪をタオルで撫でる背中にそっと話しかけてみる。
もう夏が近づいているというのに、彼はしっかりハイネックのインナーを着ている。

「リスニングが面倒だったかな。青山先生って発音おかしいと思うんだけど」
「ああ、あの眼鏡クイッってやりながら話す奴?」
「そうそう!そっちばっか目がいっちゃうし、あの人ハイフンの事ハイホンって言うんだよ」
「なんかおじいちゃんみたいだよね、ループタイもしてるし」
「僕的にはループタイはかっこよくてありなんだけどさ……」


タオルを洗濯籠へとおしやって、東江は伸びをする。
何気ない会話に見えるが、小峰にとっては重要だ。
今のように東江の好きな物事が、ふとした瞬間に投下されるから。

(今度の休み、ループタイ買ってこよう)

 最初の頃、東江を信用させる為に、好意をこちらに引きつけようとして行ってきた事はなんだっただろうか。
そしてその中のどれが一番喜ばれていたか。
それはやはり、この三〇四号室でやりとりする会話だったように小峰は感じる。

ストレスがたまっていて、誰かに話しを聞いて欲しいというのなら、ボクがいつまでだって付き合おう。
適度な相づちで話を聞いて、輪に入れないと悩むのならばゲームのやり方を教えて一緒に遊んであげよう。
勉強は自信があるけど、きっと彼の方が教えて貰おう。
成績が上がってきたと報告したら、東江は自分の事以上に嬉しそうにはしゃいでくれる。

そうして毎日を過ごすうちに小峰は気づく。
あれ、これじゃボクがして欲しい事をしているだけじゃないか。
もし東江が迷惑していたら、どうする。
もういっそ、再び全てを打ち明けてしまった方が良いのかも知れない。
だってあの時だって彼は小峰に告げられて相当に傷ついた表情をしていたのだから。

(あんな顔は二度と見たくはない。だけどさ、ショックだったという事は、憎からずボクの事を思っていてくれたって事じゃないの?)
東江は本人が自覚している以上にちょろい所があるのだ。

 いざ言ってしまおうと決意した所で、小峰にはタイミングがつかめなかった。
と言うのも所詮は言い訳で、今度こそ見限られてしまったらと思うと勇気が出せないのだ。
だから今日も、当たり障りのない言葉を尋ねる事しか出来ないでいる。

「前から言ってるけど、何か困ってる事あったら言ってよね。ボクじゃ力及ばないかもだけど」
「……うん、頼るね」
「なっちゃん?」

いつもだったら“そんなに僕悩んでそうに見える?”と軽く返される筈なのに。
東江はどこか言葉に詰まっている様子で。
頼りたいと弱音を見せたその意味を、小峰は一週間後、痛感する事になる。

「なんでもっと早く言ってくれなかったの、なっちゃん……」

そして、東江が連れていかれるのを見たあの日、自分も当事者になっていたらと、後悔するのだった。

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あきゅろす。
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